4.○○年 山口

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 それが耀平の、航のため、家族のため、花南のため。なのかもしれない。  カリヨンの十五分目の鐘が鳴った。  でかけようと再び黒いレクサスへと向かう。ガレージに入ろうとしたら、緑の垣根に人影を見つける。  着物姿の細身の老女だった。品の良い日傘をさして、耀平を見ている。  彼女を一目見ただけで、耀平ははっとする。見覚えのある人だった。  そしてあちらも覚えがあるのだろう。耀平に静かに一礼をする。  この老女には一度だけ会った。会った時、耀平は『客』で、彼女は『女将』。  目元が、航によく似ている。切れ長の細い目。ものを見据える時に、どきりとするほど鋭くなる眼差し。この女性も同じ。 「倉重耀平さんですね」 「はい」 「恐れ入ります。突然のご訪問をお許しください」  そして彼女が名乗る。 「金子忍の母でございます」  こんな暑い日なのに。もう耀平は冷たい汗を感じていた。  そんな彼女がこの家を訪ねたことの意味は、ひとつしかない。  耀平は思わず。工房にいて、吹き竿を始めたばかりの花南を確かめてしまう。いまは、駄目だ。会わせるわけにはいかない。  花南がとても後悔していること。きっと女将は、それに気がついてしまったのだと思う。
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