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「岡山からこられた『金子様』だ。今日、私が帰ってくる頃に、またこちらに来られるとのことなので、親方、よろしくお願いいたします」
『金子』と告げただけで、ヒロが青ざめた。
「親方。義妹を頼んだよ」
「は、はい。社長……」
彼が狼狽えている姿を、女将はじっと見据えていた。
耀平が工房から離れると、彼女もそっとついてくる。
「事情をご存じの方がいらっしゃるようで……」
「彼は、義妹の大学時代からの同期生です。いちばん信頼できる男です」
「そうでしたか」
女将は不満そうだった。他には誰にも知られたくない……。それはそうだろうと、耀平はネクタイの結び目をおもむろに締め直した。
「では。また参ります」
「車を出しますので、お送りしますよ」
「結構でございます。そんなに年寄りではございません」
さすが、強情そう……である。
「いえ。着物姿の女性に気遣っただけですが」
だがそこで、女将が鋭く耀平を睨んだ。
「いまはまだ。息子の死に関わった方の隣にはいたくはありません」
ゾッとした。それは、恨み辛みを追いかけてきた母の顔だと思った。
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