第十九話 お守りをもらう巫女

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第十九話 お守りをもらう巫女

     (みやこ)ケンが、今この瞬間を幸せに感じているように。  アデリナ・オレイクもまた、とても楽しい時間を過ごしていた。  参拝客は数が多いので、彼らと言葉を交わすのは、それぞれ一瞬に過ぎない。そのため、こうして同年代の男の子と話をするのは、とても久しぶりに思えるのだった。  目の前にいるケンという少年は、現実世界では、つい先ほど出会ったばかりだけれど……。それより前に、夢の中で顔を合わせているのだ。それも、ただの夢ではなく、勇者様に見せていただいたという、特別な景色の中で。  実際のところ『勇者様に見せていただいた』というのは大きな誤りなのだが、少なくともアデリナの認識では、そうなっていた。  だから。  彼女はケンに、運命的な繋がりを感じてしまっていたのだ。 「それにしても……」  しばらく話に花を咲かせたところで、ふと疑問に思ったことがあって、アデリナは小首を傾げた。  彼女の表情が変わったことに、大げさに反応して、少し不安そうな顔をするケン。 「何でしょうか、アデリナさん?」 「いえ、大したことではありません。ただ、なぜ私とあなただけなのだろう、と思いましたの」 「僕とアデリナさんだけ……?」 「勇者様の世界を見せていただいた二人、という意味ですわ。勇者様は、もっと大勢の人々に、あの光景を見せてくださらないのかしら? もしかすると、私たち二人は、何か特別な理由があって選ばれたのでしょうか?」 「ああ、それは……。アデリナさんは神託の巫女だから、勇者様の寵愛を受けても不思議ではないですね。でも、僕は普通の一般人であり、別に勇者教の熱心な信徒というわけでもなく……」 「そう、そこですわ!」  勇者教の人々が、神として崇める勇者様。その御心を完全に理解しようというのは、傲慢なのかもしれない。それでもアデリナとしては、少し理不尽に思えるのだった。  信者でもない少年よりは、いつも真剣に勇者を想っている巫女や僧官たち――例えば巫女長カルロータ・コロストラや僧官長モナクス・サントスなど――の方が、恩恵を受けるに値する者だろうに……?  ここまでの雑談の中で、アデリナは自分が田舎の村の出身であることを語り、このケンという少年も、その点は同じだ、と返していた。ただし村の場所自体は、全く別の方角らしい。 「私とあなたの間に、まだ気づいていない共通点があるのかしら……?」  というアデリナの呟きに対して。 「もしかすると、二人だけではないのかもしれないねえ」  ゲルエイ・ドゥが、少し退屈そうな声で、口を挟んできた。 「どういう意味ですか、占い屋さん?」 「いや、簡単な話だよ。あたしが見つけたのはケン坊だけだが、似たような夢を見た者が、他にもいるかもしれないだろ?」 「でも……」  ゲルエイのことは良い占い師だと思っているが、この発言は、アデリナとしては納得できなかった。  少なくともアデリナの見た夢の中で、彼女の存在に気づいたのは、この少年のみ。互いに認識できたのが二人だけなのだから、こちらの世界の人間は、その二人だけだったはず。他の者たちは皆、勇者の世界側の人間だったはず。  それを口にしようと思ったのだが、 「ああ、そうだ!」  当然ケンが大声で叫んだので、アデリナはビクッとして、言葉を飲み込んでしまう。  目を丸くしたアデリナが見つめ直すと、ケンは懐から何かを取り出していた。 「これ……。アデリナさんに渡そうと思って、用意していたのです。でも、いざ会ったら舞い上がってしまって、すっかり忘れていました」 「おや、ケン坊。あんた、プレゼントなんて持ってきてたのかい!」 「やだなあ、ゲルエイさん。そんな大げさな言い方して……。プレゼントというほど、大層なものではないのですが」  そう言いながらケンが差し出してきたのは、小さな布の袋だった。  中に厚紙か何かが入っているのだろう。平らに形が整えられている。ほぼ長方形だが、上の(かど)の二つは両方とも斜めになっているため、厳密には四角形ではなく六角形。  朱色や金色の模様も入っているものの、全体的には桃色で、上部には白い紐飾りも付いている。加えて前面には、文字とも記号ともわからぬ直線や曲線が、金色の糸で刺繍されていた。  色々と凝ったデザインだというのは理解できるのだが……。 「何でしょう、これ……? 何か書いてあるようですけど、私には読めませんわ」 「ああ、そこに書かれているのは、勇者様の世界の文字らしいですよ」  と、何気なく告げるケン。 「えっ!」 「どういうことだい、ケン坊」  アデリナが驚きの声を上げるのと、ゲルエイが非難じみた口調になるのと、ほぼ同時だった。 「いや、これは……。ゲルエイさんも知ってるでしょう? 僕は勇者教の信者ではないけれど、勇者伝説には興味がある、って」 「おや? そうだったかねえ?」 「やだなあ、そんな意地悪を言って……。ともかく、それで、これを手に入れたわけです」  彼のゲルエイに対する弁解は終わったらしい。再びアデリナに向き直ったので、待ってましたと言わんばかりに、アデリナもケンに質問を浴びせかける。 「どうやって……? いや、そもそも何を根拠に、あちらの世界の文字だと……? それが本当ならば、こんな貴重な資料はございません!」  思わず、アデリナは少し言葉遣いがおかしくなっていた。自分でも馬鹿みたいだと感じるが、そんなアデリナを笑うケンではなかった。 「あまり大げさに考えないでください、アデリナさん。僕の故郷に伝わっていたもので……。まあ、だから本当だという証拠はないんですけどね。ただ、言い伝えによれば、勇者様の世界のお守りを模して作られたそうで……」 「へえ、そうかい。あっちの世界の、お守りってことかい」  再びゲルエイが、何か意味ありげな声で口を挟むが、今度はケンは、それを無視することに決めたらしい。 「どうです、アデリナさん。信憑性のないプレゼントなんて、もらっても嬉しくないかもしれませんが……」 「いえいえ、とんでもない!」  どこまで本物に似せて作られたのか、その点は不明だとしても。  勇者様の世界のお守りというだけで、とても御利益があるように感じられる。 「大切にしますわ。ありがとうございます」  ケンから渡された『お守り』を、アデリナは愛おしそうに、そっと両手で包み込むのだった。 ――――――――――――  アデリナとの会見が終わって、寺院からの帰り道。 「今回のことは、あたしの監督不行き届きだねえ……」  人の往来が激しい大通りまで出たところで、ゲルエイがポツリと呟いた。  怒られると思って、ケンは暗い顔になる。  もちろん彼も、自分の世界から異世界に何かを持ち込むのは危険、という意識は持っていた。迂闊に広まったら、それこそオーパーツになってしまうのだから。  だから今まで、ケンが持ち込んだ私物は、全てゲルエイの部屋に留めておくようにしていたのだが……。今回は、アデリナの心証を良くしたい一心で、少し暴走してしまったのだ。 「いやあ、すいません……」  軽い口調だが、それでも一応、謝罪の言葉を口にするケン。  それに対してゲルエイは、許すとも許さないとも言わず、代わりに何気ない口ぶりで尋ねてきた。 「それで、本当のところは、一体あれは何なんだい?」 「いや、それは……」  口ごもって、左右に視線を向けるケン。こんな場所で話しても大丈夫か、と少し気になったのだが……。  ここで、ゲルエイの意図に気づく。  むしろ、これくらいの雑踏の中の方が、話しやすいのだろう。誰も自分たちに注意を向けてはいないし、少しくらい耳に入ったとしても、きちんと聞き取れはしないはず。 「……アデリナさんに言った通りですよ。僕の世界の神社で買うことの出来る、正真正銘のお守りです」  厳密には、病気の回復を祈願するお守りであり、アデリナが読めないと言っていた金糸の刺繍は、最後にそれとなく彼女にも伝えたのだが『病気平癒御守』の漢字六文字。  ケンが受験勉強をしていた頃、神社へお参りに行き、そこで買ったものだった。  もちろん、受験に必要だったのは病気平癒ではなく、合格祈願のお守りだ。だが色も似ていたし、ちょうど隣に置いてあったから、間違えて買ってしまったのだ。……というより、神社の販売所にいた巫女にボーッと見とれていたから、という理由の方が大きいのかもしれない。  それに、その経験があったからこそ、このお守りには『巫女』というイメージが焼き付いており、異世界の巫女へのプレゼントを考えた時、一番最初に思い浮かんだのだった。まだその時は、異世界の寺院のことを、神社に相当する施設とは考えていなかったにもかかわらず。  ちなみに。  間違えて買ったとはいえ、結果的に受験には合格したのだから、御利益もあったのだろう。そんな曰く付きのお守りだった。 「へえ、あれは本物だったのかい」  感慨深げな言葉に続いて、ゲルエイは、苦笑いを浮かべた。 「どうせケン坊のことだから、点数稼ぎのつもりで、勇者の世界に関係する物ならアデリナは喜ぶはず、って考えたんだろうけど……。でも、あれでアデリナも、いくらか納得したようだね」 「納得……というと?」 「ほら、なぜ二人が同じ夢を見たのか、って気にしてただろ? でもケン坊が、あちらの世界に由来するアイテムを持ってたから、それなら勇者様と強い結び付きがあっても不思議ではない……。そう考えたみたいだよ」 「ああ、そういえば……」  確かにアデリナは、お守りをもらった時点から、その話題を出さなくなっていた。ケンとしては、アデリナがプレゼントに夢中になったとか、それで話が有耶無耶になったとか、その程度に考えていたのだが……。  なるほど、ゲルエイの解釈の方が、筋が通っているだろう。 「じゃあ、怪我の功名みたいなものですね」  勝手にこの世界へ持ち込んだことを、改めて自分の過失だと認める意味も込めて。  この一件をケンは、そう表現するのだった。    
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