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第二話 訪ねてきた巫女
京ケンから見た異世界――彼の言うところの『ピペタおじさんやゲルエイさんの世界』――は、四つの大陸で構成されている。
そのうち北の大陸は、かつては火の大陸とも呼ばれるほど、火の神の加護が強い地域だったらしい。その影響が残っているのか、現在でも他の三つの大陸より気温が高めであり、寒い季節でも過ごしやすかった。そんな北の大陸の南部にある、地方都市サウザにて……。
ここ南中央広場は、大きな噴水を中心とした区画だ。道ゆく人々も多いが、それを目当てにした露店もたくさん並んでおり、まるで市場のような賑わいを見せていた。
そんな中。
「そろそろ年の瀬……。でも、あたしのところは相変わらずだねえ」
自嘲気味に愚痴をこぼしているのは、ブルネットの髪を左右で三つ編みにした童顔女性。とんがり帽子もローブも黒一色、いかにも『魔女』という雰囲気を漂わせながら、布一枚の上に大きな水晶玉を置いて占い屋を営む、ゲルエイ・ドゥだった。
今日は、走りの月の第三、月陰の日。つまり、月日としては十二番目の月の三番目の日に相当し、曜日としては一週間の中で最初となる。休日明けということで、人々の購買意欲は低下し、遊興にふける者も減っているだろうに、他の露店には客が入っていた。ポツンと朝から客待ちを続けているのは、ゲルエイの店くらいなものだ。
「まあ、あたしには、これが日常茶飯事ってもんだけど……」
暇そうに周囲を見回していると。
自分の店に近づく二人組が、視界に入ってきた。
二人とも、雑踏の中でも目立つ格好をしている。
一人は、独特の形状の白いブラウスと赤いスカート。艶やかな黒髪を長く伸ばして、後ろで束ねた少女だった。
もう一人は、彼女に付き従うかのように控えめな態度で、斜め後ろを歩いている。小柄で坊主頭の青年であり、同じような白いシャツと、裾の広い青ズボンを身につけていた。
「おや。あれって、勇者教の巫女と、その従者かい? 珍しいねえ」
ゲルエイの口から、面白そうな声が飛び出した。
勇者教とは、近年勢力を広げつつある、大きな宗教組織のことだ。歴史ある『教会』を中心とする『教会神教』とは差別化する意味で、神官を女性ばかりにして『巫女』と呼んだり、建物を教会ではなく『寺院』と呼んだりしている。それらが大衆に受けている、という一面もあるのだろうが……。
そもそも。
この世界では昔々、四大魔王と神々が争っていた、と伝えられている。
魔王の率いるモンスターに怯える人々を見かねて、神々は異世界から四人の勇者を召喚。勇者は四大魔王を討ち滅ぼし、弱体化したモンスターたちは、人間に飼い慣らされるレベルにまで落ちぶれた。
しかし魔物の脅威がなくなると、今度は人間同士の争いが勃発。そんな人間たちの世界に失望して、神々はお隠れになったそうだ。当時の人々は神々から『魔法』を借り受けて、立派に使いこなしていたが、神々が人間を見放した頃から、そうした『魔法』を使える者の数も激減したらしい。
もちろん『激減した』とはいえ、今でもまだ、結構な数の魔法使いが存在している。その多くは行政に召し抱えられているが、ゲルエイのように、魔法が使えることを隠したまま、市井に紛れている者もいるくらいだ。
それに、現代でも全ての人々が潜在的な『魔力』を保有しているので、例えば魔法灯のように、この世界の生活は魔法器具で成り立っていた。呪文詠唱により『魔法』を発動させることが難しいのであれば、人々の魔力を装置に注ぎ込めば良い、という理屈なのだろう。
それでも。
「ちょっと魔法を使わせてもらえないだけで、神様への信仰が薄くなる……。人間ってやつは、打算的な生き物だねえ」
頭の中で歴史書を紐解いていたゲルエイは、自分も人間の一員であることを理解しつつ、ボソッと呟いた。彼女は趣味で勇者伝説の書物を読み漁っているので、当時の人々の信仰心の厚さを、よく理解しているのだ。
成立の経緯を考えれば当然だが、勇者伝説の時代には、まだ『勇者教』は存在していなかった。
後に生まれる勇者教も、最初は教会神教の一派だったらしい。しかし、その一派が、
「お隠れになる神々よりも、その神々に召喚された勇者こそが、現在の平和の礎を作った英雄ではないか! 実際に魔王や魔物を排除したのは、勇者なのだ!」
という理屈を振りかざして、勇者を神以上に崇拝するようになって……。
教会神教から独立して、勇者教を立ち上げたのだった。
ゲルエイの頭の中で、勇者教に関するおさらいが終わったタイミングで。
「あのう、もし。ちょっとお尋ねしたいのですが……」
巫女姿の娘が、声をかけてきた。
何か占って欲しい、という雰囲気でもなさそうだ。客ではないのか、と心の中で舌打ちしながら、顔には一応の愛想笑いを浮かべて、ゲルエイは対応する。
「はい、何でしょう?」
「この辺りに、ディフィッチレさんという飴玉売りが、店を開いているはずなのですが……」
「ああ、飴玉売りのディフィッチレですか。彼の店だったら、あそこですよ」
広場の向かい側にある露店を指し示すと同時に、ゲルエイは気づく。その飴玉屋が、今日は閑散としていることに。
肝心の売り物もなければ、ディフィッチレの姿も見えない。ということは、つまり……。
「おや、タイミングが悪かったようですね。お目当の店、今日は休業状態ですよ」
「あら。それは残念。でしたら……」
少女は、いかにも思案顔といった感じに、少しだけ眉をひそめる。
元々が整った顔立ちなので、そうした表情も絵になっていた。そもそも『巫女』なんて、勇者教にとっては信者集めの看板娘のようなものであり、それなりに器量の良い娘ばかりが選ばれているはず。
そんなことをゲルエイが考えていると、
「ひとつ伝言を頼んでもよろしいでしょうか。なるべく早く、ディフィッチレさんに伝えておきたいことがあって……」
「駄目ですよ、アデリナ様。やはりアデリナ様が、自ら伝えるべきです。そもそも……」
「あら。良いではありませんか、形式にこだわらずとも。それより、早くしないと手遅れになるおそれが……」
「そこまで言うのでしたら、今から、その飴玉売りの家まで行きましょうか? この広場で尋ねて回れば、どこに住んでいるのか、教えてもらえるでしょう」
巫女と従者が、何やら揉め始めた。
どうやら二人は飴玉を買いに来たわけではなく、ディフィッチレ自身に用事があったようだが……。
「言っておきますが、あたしはディフィッチレの住処は知りませんからね。でも言伝を預かるくらいでしたら、構いませんよ」
面倒ごとに巻き込まれるのは困る。そう感じたゲルエイは、いつのまにか、少しぶっきらぼうな口調になっていた。
「そうですか。では……」
「アデリナ様、他の店へ行きましょう」
黒髪の巫女が何か言いかけたが、それを止める勢いで、坊主頭の従者が口を挟む。
「こちらの占い屋は知らなくとも、露天商の中には、飴玉売りの家を知る者もいるでしょうから」
男の発言を聞くうちに。
ゲルエイの中で、好奇心が膨らみ始めた。
この従者は、巫女が自分で伝えることに固執している。逆に巫女は、他人を介在させてでも早く伝えるべきと主張している。どちらにせよ、よほど重要な話のようだが……?
興味を持ったゲルエイは、厄介ごとに関わりたくないという気持ちも忘れて、少し探りを入れてみることにした。
「大丈夫、あたしゃ占い師です。お客さんから秘密の相談を受けるのも、慣れてますからね。言伝の中身が他言無用なら、ちゃんとディフィッチレだけに、正しく伝えておきますよ」
すると坊主頭の男は、胡散臭そうな目をゲルエイに向けながら、露骨に顔をしかめる。
「秘密とか他言無用とか、そういう問題ではないのです。そもそも神託というものは、どんな些細な内容であれ、勇者様の大切なお言葉です。第三者を介在させたりしたら、お告げをくださった勇者様に失礼ではないですか」
「神託……? では、あんたは……」
従者の言葉から事情を察して、あらためてゲルエイは巫女に顔を向ける。
ゲルエイの視線を受け止めた少女は、慈愛に満ちた笑顔を浮かべながら、小さく一つ頷いてみせるのだった。
「そうです。申し遅れましたが、私の名前はアデリナ・オレイク。勇者教の巫女であり、最近では『神託の巫女』と呼ばれております」
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