第二十七話 担ぎ込まれた巫女(前編)

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第二十七話 担ぎ込まれた巫女(前編)

     午前中の爽やかな青空の下。  都市警備騎士団の小隊長であるピペタ・ピペトは、三人の部下と共に、毎日の仕事の一環として、担当地区の見回りを(おこな)っていた。  今日は、走りの月の第七、黄金の日。月日としては十二番目の月の七番目の日であり、曜日としては一週間の中で五番目となる。そろそろ、週末が近づいてきた、と人々が感じる頃合いかもしれない。  通りですれ違う人々の中にも、少し浮ついた空気が感じられるのは、ピペタの気のせいだろうか。 「ふむ」 「どうしましたか、ピペタ隊長?」 「いや、何でもない。今日も街は平和だな、と思っただけだ」  部下の女性騎士ラヴィから問われて、ピペタは適当に受け流した。いや考えようによっては、平和だからこそ浮ついていられると言えるのかもしれない。ならば、正直に答えたことになるのだろう。  そんなことを思っていると、 「ピペタ隊長! あれを見てください」 「おや、何かあるようですね」  部下の二人――タイガとウイング――の言葉が、ピペタの注意を引く。  タイガが指差しているのは、ピペタたちの行く手にある木造建築。壁から屋根まで真っ白に塗られているが、わかりやすく目立つように、扉だけは木材本来の茶色になっていた。  受け持ち区域にあるので、ピペタもよく知っている。この街にいくつもある治療院の一つだった。  一般的に、立派な魔法使いを何人も(かか)えるような治療院は、騎士や貴族が診てもらうところだ。庶民向けの治療院では、回復魔法の使い手がおらず、簡単な手当てしか出来ない場合も多い。その点、ここは庶民向けでありながら、回復魔法を得意とする治療師も用意されており、いわば優良店となっていた。  とはいえ、もちろん治療院という性質上、行列ができる店、というわけではない。治療院があふれるほど病人や怪我人が押し寄せるなんて、考えたくもない事態だろう。それなのに、なぜか今日は、この治療院の周りに人だかりが出来ているのだ。  その多くは野次馬のようだが、よく見ると、治療院の職員(スタッフ)や都市警備騎士まで混じっていた。 「これは……。何やら事件のようだな」 「私たちの出番ですね。行きましょう、ピペタ隊長!」  仕事熱心な部下たちに急かされる形で、問題の治療院へ歩み寄ると……。  向こうも、こちらに気づいたらしい。 「あっ、ピペタ隊長!」  治療院の職員(スタッフ)と話をしていた騎士が、そちらを中断して、声をかけてきた。  パッと見た感じ、まだ二十代半ばの若い騎士だった。同じ南部大隊に所属する騎士ではないため、名前はわからない。ただし、顔には見覚えがあるように思えた。以前、東部大隊の仕事を手伝った際に、顔を合わせたのではないだろうか。 「やあ、これは一体どうしたことですかな? この辺りは、私の担当区域なのですが……」 「ああ、この治療院は、ピペタ隊長の受け持ちだったのですね!」  相手の騎士にとっては、ピペタは一応、顔見知りという扱いなのだろう。彼は少し安心したような声を出してから、事情を説明し始める。 「今朝早くに、こちらの治療院から届け出がありましてね。夜中に急患が担ぎ込まれた、という話なのですが、それが東の寺院の人間でして」  だから東部大隊の管轄なのだ、と言いたいらしい。  そう認識すると同時に、『東の寺院』という言葉から、ふとピペタの頭に浮かんだのは、神託の巫女のことだった。  だから。 「その者の名前は、アデリナ・オレイク。ここ最近『神託の巫女』と呼ばれて、もてはやされていた巫女です」 「ほう!」  相手の発言に対して、思わず驚きの声を上げてしまった。  ピペタだけではない。彼の後ろでも、タイガが「あの『神託の巫女』ですか!」と口にしているし、おそらくウイングやラヴィだって、それなりに驚いた表情を見せているのだろう。  ピペタ小隊の面々がオーバーに反応したのを見て、若い騎士が、少しだけ眉間にしわを寄せた。 「……もしかして、神託の巫女とは、お知り合いでしたか?」 「いや、個人的な付き合いはない。ただ、ちょうど少し前に、見回りの途中で見かけたことがありましてな。あれは南中央広場でしたが……」  話しながらピペタは、彼女とすれ違った際の特徴的な香り――ウイング曰くビャクダンという香木の匂い――を、自然と思い浮かべていた。 「……この事件と、何か関係ありますかな? いや、そもそも、どんな事件なのです?」  わざわざ都市警備騎士が来たのだから、何か事件と呼べるような出来事が起こったことは間違いない。だが、それが東部大隊の者である以上、南部大隊のピペタが首を突っ込むべきではなかった。わかっていながらも、つい質問してしまったのだ。 「ああ、それは大丈夫です。そちらとは無縁でしょう。事件の現場は、南にも近いとはいえ、まだ東地区でしたからね。南部大隊の方々の手を煩わせることはありません。あくまでも、東の事件です」  と、しつこいくらいに釘を刺してから、若い騎士は概要を説明する。 「深夜遅くに、通りで倒れているのを発見されたのですよ、このアデリナという娘は。電撃を浴びせられて、意識不明の重体で……。昨夜は雨が降った様子もないですから、自然の落雷ではありません。おそらく雷魔法を食らったのだろう、という話になっています」 「ほう、雷の魔法……」  ピペタが口にしたのは、その一言。だが同じ警吏である若者は、それだけで意味を察した。 「そうです。行政府の人間の仕業とは思いたくありませんが……。どちらにせよ、厄介な話です」  今の時代、魔法使いの多くは役人として働いている。ここ地方都市サウザならば都市行政府ということになるわけだが、もしも要職に就く者が関わる事件だとしたら、大事(おおごと)になるに違いない。  かといって、都市を運営する組織からスカウトされることもない者、つまり行政府が把握していないような魔法使いが、悪事を働いたのだとしたら……。それはそれで、困った話だ。例えば、魔法の使える盗賊や暗殺者を捕縛するのは一苦労であり、そんな事態は想定すらしたくないのだろう。  目の前でため息をつく若い騎士に、少し憐れむような目を向けながら、ピペタは質問を続けた。 「事情はわかりましたが……。ならば、なぜ東ではなく、この治療院に?」  そちらにも治療院はたくさんあるのに、というニュアンスを込めたピペタに対して。  騎士ではなく、治療院の人間が、横から説明に入った。 「うちは夜中でも救急の患者さんを受け入れますからね、騎士様。あんな時間に運び込める治療院として、おそらく、うちしか思い浮かばなかったのでしょう。それに……」  この治療院を自慢するような口調で、彼は続ける。 「……『アサク演芸会館』の芸人さんたちは、うちを贔屓にしてくれていますから。ほら、ああいう大道芸の練習をしていると、小さな事故や怪我は、しょっちゅうなのですよ。今回の患者さんを連れてきてくれたのも、あそこの芸人さんの一人で……」  それもあって、ここが選ばれたのだ、と言いたいのだろうが。 「ほう、『アサク演芸会館』か。あの辺りは、私の担当には入っていないな」  わざとピペタは、その話を途中で遮った。  今の話に出てきた『アサク演芸会館』。ピペタにとっては、裏の仲間である殺し屋モノク・ローが、『投げナイフの美女』という(オモテ)の顔で働く場所に他ならない。  ピペタはプライベートで足繁く通うよう心がけており、熱心なファンとして、楽屋にまで立ち入る間柄になっていた。受け持ちの区域ではないにしろ、警吏の騎士である以上、演芸会館の人々も無下には出来ないようだった。  もちろん本当に『熱心なファン』というわけではなく、何かあった時にモノクと連絡を取れるように、という下準備だ。同じく裏の仲間であるゲルエイ・ドゥからは「まるで道化だね」と言われたが、(オモテ)の顔と裏の顔を使い分ける者としては、必要な振る舞いだと考えていた。  そして。  部下たちに対しては、初めて『アサク演芸会館』を訪れた時のことは話してしまったものの、その後も通っているという事実は秘密にしている。  ウイングやタイガが面白がって話の種にするだろう、というのもあるが、何よりもラヴィが良い顔をしないはず。ピペタを上司として尊敬しているラヴィは、ピペタに対して「品行方正な人物であってほしい」とか「女性に鼻の下を伸ばすような人物にはならないでほしい」とか思っているようだから。  ピペタは、そう認識していた。  これ以上、モノクの職場に関する話が広がらないように、ピペタは話題を逸らそうと試みる。 「それで、その神託の巫女……。アデリナという娘の容態は、どうなのだ? 運び込まれた時は、意識不明の重体だったのだろう? まだ回復しないのか?」 「はい、残念ながら……」  本業の話になったというのに、治療院の人間は、悲しげに視線を落とす。 「なにしろ、噂の『神託の巫女』ですからね。簡単に死んでもらっては困るのですが……」  患者のためを思う、というよりも、治療院に悪評が立つことを気にしている、というニュアンスだ。 「……だから交代で、常に治療師を二、三人、張り付かせています。それでも、最初に運び込まれた時点で、もういつ死んでもおかしくない有様でしたから、楽観は出来ません。このまま意識を取り戻すことなく、永眠という可能性も……」  それ以上は言葉が続かない、という感じだった。  話が終わったと察して、最初の騎士が、再び口を開く。 「寺院からも、彼女を心配して人が来ています。一般の参拝客まで押し掛けられては困るので、関係者以外は立ち入り禁止ということにしていますが……」  神託の巫女が被害にあったという事件。背後関係を洗う意味で、その寺院も、当然のように捜査の対象になるはずだ。寺院の関係者が率先して、ここへ顔を出してくれるのは、事件を担当する警吏にしてみれば、都合が良いのかもしれない。 「……ちょうど今も、アデリナの従者だった男が、見舞いに来ていますよ。ピペタ隊長も、様子を見に行きますか?」 「いや、その必要はないですな。私が顔を出したところで、ただの野次馬になってしまう」  どうせ相手も、一応申し出てみた、という程度だ。だからピペタは、冗談めかして、即座に否定した。  同時に。  ピペタは、ふと思い出すのだった。そういえば南中央広場で神託の巫女を見かけた時も、その従者が一緒だったな、と。    
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