第八話 占ってもらう巫女

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第八話 占ってもらう巫女

    「勇者様の世界? それって、伝説の四人の勇者が生まれ育った世界のことかい?」  アデリナ・オレイクに対して、聞き返すゲルエイ・ドゥ。その声は、すでに興味津々という響きに変わっていた。  別にゲルエイは、勇者教の信徒ではない。だが個人的な趣味として歴史書を読み漁っており、伝説の時代に関する書物も大好物。一般人よりも勇者伝説には詳しい、という自負もあった。  異世界から召喚されて、四人で力を合わせて魔王を滅ぼした、という勇者たち。ただし一般大衆の中には、この話を「しょせん伝説に過ぎない」とか「誰かが創作したフィクションだろう」などと考える者も多い。そもそも四大魔王の存在や異世界からの召喚という時点で、信じがたい話なのだ。  しかしゲルエイは違う。少なくとも勇者召喚の(くだり)は事実に間違いない、と信じていた。なにしろ彼女自身が、召喚魔法を発動できるのだから。  召喚魔法アドヴォカビトによって、ゲルエイは何度も、(みやこ)ケンという少年を呼び出している。彼の説明によれば、ケンが暮らしているのは『地球』という世界。ゲルエイたちの世界とは違って、魔法も魔力も存在せず、代わりに電気というエネルギーや、それを用いた科学技術が発達しているのだという。  勇者伝説の中でわずかに記された『勇者が生まれ育った世界』と、ケンの話は酷似しているようだった。だから今までゲルエイは、深く考えるまでもなく、どちらも同じ世界に違いないと思い込んでいたのだ。 「はい。その意味での、勇者様の世界です。どうやらそれが、私の夢の中に出てきたようで……」 「おや、夢の話かい?」  少し話が飛んだような気がして、再び聞き返すゲルエイ。  するとアデリナは、ハッとした顔を見せてから、 「ああ、先に説明しておくべきでしたね。私の場合、眠っている間に見る夢という形で、勇者様から神託をいただくのです」  と、託宣のシステムを説明する。 「今回の夢も、感覚としては神託なのですが……。でも勇者様の世界を見せていただいたところで、私には、どうしようもありません。そのような神託を、わざわざ与えてくださった意味がわからないのです。そう考えると、あれは単なる夢であり、勇者様の世界だと思った光景も、私の妄想なのかもしれないと……」 「ふむ。その夢で見た景色、具体的に話してごらん」 「そうですね。不思議な乗り物とか、高い高い建物とか……」  アデリナは、僧官長モナクス・サントスや巫女長カルロータ・コロストラに話した内容を、今度はゲルエイに語って聞かせる。  ゲルエイとしては、驚くべき話だった。今まで読んできた書物には書かれていないことばかりなのだ。  しかし。  詳しく尋ねたわけではないが、ゲルエイがケンから聞き出した話――ケンの世界の様子――とは、かなり一致するようにも感じられた。  そうやってゲルエイが、自分で召喚した異世界人との会話を思い起こしていると、 「あら! そういえば、忘れていましたわ!」  アデリナが突然、素っ頓狂な声を上げる。 「……ん? どうしたんだい? 忘れ物でもしたのかい?」 「いえ、そうではなくて……。夢の中で見た出来事で、モナクス様に伝え忘れたことがあったのを、今ごろになって思い出したのです。もちろん、意味がある話なのかどうか不明ですが……」 「それじゃ、その話を聞くのは私が初めて、ってことになるんだねえ。いやはや、光栄なことだよ。ぜひ聞かせておくれ」  ゲルエイの口ぶりは、少し茶化すような言い方だったが、アデリナは気を悪くする様子もなく、話を続ける。 「その、勇者様の世界らしき夢の中で……。道の真ん中で立っていた私は、おそらく人通りの邪魔だったはずです。それなのに、まるで見えていないかのように、私は人々から無視されて……」  話を聞くうちに少しだけ、ゲルエイの興味は冷めてしまった。  眠っている間に見る夢は、願望を表すのだという説がある。神託の巫女という形で注目を浴びるアデリナが、それを鬱陶しく感じるようになり、心の中に「人々から無視されたい」という願望が生まれたのだとしたら……。  それはそれで、理屈が通っている。ならば、これは勇者の世界を描いた神託でも何でもなく、単なる普通の夢ということになるではないか。  ところが。  ゲルエイの思考は、アデリナの次の言葉で、早くも反転するのだった。 「……そんな中。一人だけ、私をジーッと見つめる男性がいました。私と同じくらい、あるいは少し年下という感じの少年です」 「わかった、それだけ聞けば十分だよ。ここで一つ、占わせておくれ」  そう言って、アデリナの話を遮るゲルエイ。  先ほどと同じように、この話も、アデリナの願望を示すと考えることは出来る。つまり「人々から無視されたい」という気持ちと同時に、アデリナには「一人の異性だけには関心を持ってもらいたい」という願いがあるのではないか、という可能性だ。  若い乙女ならば、ありがちな感情だろう。『私と同じくらい、あるいは少し年下』という表現も、いかにも恋のお相手に相応しいではないか。  しかし、それとは逆に。  この夢が、もしも本当に神託であるならば。勇者の世界の光景であるならば。  ゲルエイは、その『少年』の外見を言い当てることが出来る、と考えたのだった。 「フトゥーラ・パレディチェーレ……。フォルトゥーナ・パレディチェーレ……。未来を占いたまえ、運勢を占いたまえ……」  決まり文句を口にしながら、水晶玉の上にかざした両手を、もったいぶった雰囲気で動かす。  同時に、頭の中では、一つの推理を働かせていた。  外見的には二十歳程度だが実は老婆であるゲルエイとは異なり、目の前のアデリナは、見かけ通り十代後半か二十歳くらいのはず。そんな彼女と『同じくらい、あるいは少し年下』ということは、夢の中の彼も十代後半。  以前に聞いた話によると、ケンの世界では、それくらいの年齢の少年たちは、ほとんどが『高校』と呼ばれる教育機関に通っているという。そこでは、全員お揃いの制服を着ているそうで、実際にゲルエイは、制服姿で召喚されてくるケンを何度も目にしていた。  だから……。 「おお、見えてきたよ!」  大げさに叫ぶと同時に、ゲルエイは、弾かれたように姿勢を正した。 「水晶玉に映ったのは……。黒い服の少年だねえ。上着もズボンも真っ黒で……」 「そう、それです!」  驚くアデリナの声は、なんだか嬉しそうにも聞こえる。  まずは、ハッタリが成功。そう思ったゲルエイは、少し調子に乗って、さらに具体的な外見を語り始めた。 「袖口から見えるのは、中に着ている白いシャツかな? ズボンはベルトで留めて、上着にはピシッとボタンが並んで……。輝いて見えるから、これは銀ボタン、いや金ボタンのようだねえ」  ケンの学生服を思い出しながら、その特徴を告げていく。  水晶玉に視線を向けた状態でも、視界の隅で、アデリナが目を丸くするのがわかった。 「凄い! そこまでハッキリと見えるのですね、水晶玉占いというものは……」 「あたしの占いは、単なる水晶玉占いじゃないよ。特別な魔法も使っているからね」 「えっ? 占い屋さんって、本物の魔法使い……?」  と言いかけたアデリナは、ゲルエイの冗談口調と、顔に浮かぶ笑みに気づいて、言葉を飲み込んだ。魔法使い云々は商売上のポーズに過ぎない、と解釈したらしい。  まさにゲルエイが、そう思わせたかったように。  わざと自分から「魔法使い」と口にすることで、相手に「そんなはずない」と考えさせる、ゲルエイお得意の思考誘導。それにアデリナも乗ってしまったのだった。 「それにしても……。そうやって少年の姿が浮かび上がるということは、やはり彼が、今回の神託の鍵なのでしょうか?」  アデリナに問われて、ゲルエイはハッとしてしまう。  ゲルエイとしては、占い師としての信頼を得るために「聞いてもいない詳細をピタリと言い当てる」というパフォーマンスを披露したに過ぎなかった。成功したは良いものの、その先については、あまり考えていなかったのだ。 「そうだねえ……。今回のケースは、難しいねえ……」  と、お茶を濁しながら。 「少なくとも、こうして鮮明に見えてきた以上、あんたの妄想でも願望でもなく、これが勇者の世界であることは確実だよ。だけど……」  ハッタリでもインチキでもなく、ゲルエイ自身が信じている部分も、きちんと事実として伝えておく。  その上で。 「……それ以上は、何とも言えないね。というより、他にも見えてきたものはあるけど、その解釈が難しいんだよ。だから今晩、あたし自身の再勉強も兼ねて、占いの書物を調べ直すから……」  ゲルエイは、いかにも神妙な面持ちを見せながら、 「……悪いけど、明日また来てくれないかねえ? いや、あんたが神託の巫女として忙しいのはわかってるよ。だから明日が無理なら、明後日以降でも構わないからさ」  と、話を先延ばしにするのだった。    
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