第九話 魔力が干渉する巫女

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第九話 魔力が干渉する巫女

    「おや、ゲルエイさん。今日は、もうお帰りですか?」 「ああ、ちょっと調べ物があるんでね。久しぶりに、家で占いの教科書を読み直そうと思ってさ」  その日の夕方。  声をかけてきた露天商仲間にそう返して、ゲルエイ・ドゥは、いつもより早めに帰宅することにした。  ゲルエイは、サウザの南側ではなく、北側にある集合住宅――通称『第三貧乏長屋』――に住んでいる。南中央広場からは離れており、帰り道を歩きながら、色々と考える時間があった。  当然のように、彼女の頭を占めているのは、朝の客つまり『神託の巫女』アデリナ・オレイクの一件であり……。  そもそも。  神託の巫女の噂を耳にした時から、ゲルエイは、神託とは憑依魔法の一種ではないか、と考えていた。魔法書で呪文を目にしたことはないが、そういう魔法があっても不思議ではない、と想像していたのだ。  魔法を使って、自分の肉体に他人の意識や魂を憑依させる。その対象が、神や勇者のような過去の偉い存在であるならば、むしろ降霊術と呼ぶべきかもしれないが……。とにかく原理は魔法なのだろう、と思っていた。  その点、アデリナから『神託』の仕組みを聞き出せたのは、なかなか興味深い出来事だった。アデリナの場合、睡眠中の夢を介して神託を授かるのだという。憑依魔法説に当てはめるならば、夢遊病患者が眠ったまま歩き回るのと同じように、眠っている間の無意識の行動として、寝言で魔法を発動させているのだろうか……? 「まあ、魔法の発動云々は別にしても……。アデリナの魔力が神託に関わるのは、間違いなさそうだね」  独り言を口にしながら、ニヤリと笑うゲルエイ。  今歩いているのは裏通りであり、安酒場のような店が建ち並んでいる。夜には賑わう(さか)り場だが、まだ人通りは少なく、ゲルエイに注意を向ける者はいなかった。 「アデリナが問題の夢を見たのは、昨日の朝というか、一昨日の夜というか……。どちらにせよ、月陰の日に、あたしの店に立ち寄ったせいだろうね」  誰も聞いていないのをいいことに、ゲルエイは考えを整理する意味で、あえて口に出していた。 「召喚魔法アドヴォカビトを使ってる関係で、あたしは魔力的に、ケン坊の世界と経路(パス)が繋がってるからね。召喚魔法とは違うにしても、憑依魔法も『呼び出す』魔法の一種だろうし……。あたしの魔力に近づいた影響で、憑依魔法の使い手があたしから魔力的な干渉を受けた、というのは十分に考えられる」  これが、アデリナの不思議な夢に関する、ゲルエイの考察だった。  つまりゲルエイのせいで、アデリナの魔法は、意図せずケンの世界に――勇者の故郷でもある世界に――届いてしまったのではないか。  そう考えると、ゲルエイは少しだけ責任を感じて、真面目に対応しよう、という気にもなってくる。  実際のところ。  彼女の推理には、結果的に正しい部分があると同時に、前提からして誤っている部分もあるのだが……。  この時点のゲルエイには、そこまでわかるはずもなかった。  帰宅したゲルエイは、(オモテ)の商売でも使う水晶玉を前にして、呪文を唱える。 「ヴォカレ・アリクエム!」  召喚魔法アドヴォカビト。  時間と空間を超越して、必要な人材を一人だけ呼び出す、という魔法だ。  秘術の一種であり、魔法使いそのものが少なくなった現在、これを発動できる者は世界全体で数人もいないのではないか、とゲルエイは自負していた。  そもそも彼女自身、この召喚魔法アドヴォカビトの具体的な効果に関して、使ってみるまでわからない部分もあったくらいだ。  例えば『必要な人材を一人だけ呼び出す』という話。  王都で復讐屋を始める際、四人目のメンバーとして――いわば数合わせとして――異世界から召喚されてきたのは、平凡な学生だった。しかも彼が通っている『高校』という教育施設は、この世界の騎士学院とは違って、戦闘技術を叩き込むような機関ではないという。 「この坊やが、本当に『必要な人材』なのかねえ……?」  信じがたいゲルエイは、すぐに彼を送り返し、呪文を唱え直した。しかし、再び現れたのは、同じ少年である(みやこ)ケン。  そこで初めて、ゲルエイは「一度でも誰かを呼び出すと、経路(パス)が繋がってしまって、同じ人間しか呼び出せなくなるらしい」と理解したのだった。  ケンは平和な世界で生きてきた少年であり、復讐屋の理念――強者に踏みにじられた弱者の恨みを晴らす――には賛同しながらも、他人の命を奪うことまでは出来なかった。ゲルエイたちの殺しを手伝う程度であり、彼自身が単独で標的を仕留めるのは無理だったのだ。  そんな半人前のケンが『必要な人材』とは、いまだに思えないが……。それでも彼に対して、もはやゲルエイは仲間意識を抱いていた。  それに、ケンを呼び出すようになってから、他にもわかったことがある。  この魔法の『時間と空間を超越して』というのは、単なる謳い文句ではなく、本当に『時間』に干渉していたのだ。  ゲルエイが召喚魔法を唱えると、ケンの方では、召喚の瞬間よりも少し前の時点に遡って「もうすぐ召喚されるぞ」という予兆(サイン)が生じるのだという。おそらく「トイレや風呂の最中に召喚されて大慌て!」みたいな事態を避けるために。  さらに元の世界へ送り返される時にも、そちらでは時間が全く進んでおらず、同じ瞬間に、しかも全く同じ状態で戻れるという。こちらは、おそらく周囲の人間に『召喚』という異常事態を気づかせないための配慮なのだろう。  なお、この『同じ状態』の帰還には、思わぬ副産物もあるのだが……。 ――――――――――――  十二月初旬の日本。  友人たちと共に繁華街を歩いていた(みやこ)ケンが、洋服風にアレンジした巫女装束のような少女を見かけてから、ほんの少しの後。  目的地であるアミューズメント施設に入ろうとしたところで、彼はビルの段差で転びそうになった。 「大丈夫か、キョウ?」 「ああ、何でもない。ちょっと足を引っ掛けただけだ」  友人の関口(せきぐち)が心配そうに声をかけてくるので、そう返しておく。 「今日のキョウは、少しボーッとしてないか?」  と笑う者もいたが、むしろケンとしては、こちらの方が対応しやすい。 「そうかもしれない。ここ最近はテスト勉強で、ちょっと寝不足気味だったからなあ」 「それはキョウだけじゃないだろ。俺もお前も、みんな一夜漬けだ」 「いや、俺はキョウとは違うぞ。きちんと日頃から勉強していたから、今回のテストは余裕だった」 「おいおい、何故そんな見栄を張るんだ? ここは普通、逆に『勉強なんかしてないよ』と言うべき場面だろ?」  ケンの一言をきっかけに、友人たちは、わいわい盛り上がり始めた。そうやって喋りながら、ビルの階段を上がっていく。  もう誰も、ケンが転びかけたことなど気にしていないらしい。  実際のところ。  ケンの『ちょっと足を引っ掛けただけ』というのは、大嘘だった。ケンはめまいを感じたのだが、正直に言えば心配されるかもしれない、と思って誤魔化したのだ。二ヶ月くらい前から何度か、めまいで足がぐらつく姿を友人たちに見せていたので、それを考慮したのだった。  だが、ケンは知っている。このめまいは、別に体調を崩したわけでも何でもない。これこそが、召喚魔法アドヴォカビトが知らせる、異世界召喚の予兆なのだ。  今までの経験から判断して、めまいを感じて二、三分後くらいに召喚されるはず。つまり今回の場合、階段を上がっている途中で、異世界へ連れて行かれるだろう。  前回あちらの世界にケンが呼ばれたのは、十一月だった。一つの事件が片付いたタイミングで送り返されたので、次回はいつ、という話は何も聞いていなかった。  新しい事件が始まったのか、あるいは、裏稼業とは無関係な用事なのか。どちらにせよ、召喚に備えて準備するべき物は、特に何もなかった。  それよりも。  つい先ほどの、奇妙な巫女姿の少女。ちょうど「ピペタおじさんやゲルエイさんの世界と、何か関係あるのかな?」と思った直後だから、ナイスタイミングだ……。  そう考えながら。  ケンはポケットに入れた手を、グッと握りしめるのだった。 ――――――――――――  ゲルエイの部屋では……。  これまで召喚魔法を唱えた時と同じく、ポンという軽い音がして、煙が立ち込める。  その煙が晴れると、姿を現したのは、学生服を着た(みやこ)ケン。ゲルエイがアデリナに「水晶玉に映った」と偽りながら告げたように、金色のボタンが並んだ黒い服と、ベルトで留めたズボンという格好だ。  なんだかガクッと、すっ転びそうな様子も見せている。ケンは友人たちと一緒に階段を上がる途中で呼び出されており、召喚の瞬間、足を踏み降ろす位置が体の感覚よりも低くなってしまった。だから、こうなるのも仕方がない話なのだが……。事情を知らぬゲルエイは「予兆があって、召喚に備えていたはずなのに……?」と、少しだけ不思議に思う。  とはいえ、わざわざ問いただすほどでもなかった。 「やあ、いらっしゃい。久しぶりだね、ケン坊。こちらの暦では、あれから一ヶ月くらい経って、今は走りの月だよ」  ゲルエイは挨拶に続いて、まずは時期に関する情報を告げる。召喚魔法アドヴォカビトが時間にも干渉する関係で、こちらの世界とケンの世界とでは、時の流れが同じになったり異なったり、一定しないのが普通だった。 「こんにちは、ゲルエイさん。僕の方でも十二月ですから、この世界で言うところの『走りの月』ですね。ところで……」  礼儀正しく返した後。  いつになくケンは前のめりな口調で、質問をまくし立てるのだった。 「ゲルエイさん、一つ教えてください。こちらの世界にも、確か『巫女』と呼ばれる存在がいるんですよね? それって、どんな格好をしてます? やっぱり上半身が白で、下半身は赤なのでしょうか?」    
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