Casb2.ろくろ首

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 深夜三時。目を覚ますと古ぼけた天井がそこには──というのは常套文句だとして。優太(ゆうた)は視線を天井から横に移すと、小さな座布団の上で丸まって眠っている黒曜(こくよう)の姿があった。  ──よし。しっかり寝ているな。  そーっと掛け布団を体の上から剥ぎ取り、ベッドから静かに、つま先から足を抜け出させる。向かう先は、寝る前に黒曜に奪われ、机の上に置かれた教材だ。  黒曜は猫らしく、物音に敏感だ。音ひとつ立てないようにしなければ、優太の手が教材に届くことは無い。現に、ここ二日は失敗している。その失敗によって、元は枕元に置かせてくれていた教材が、ベッドの下になり、そして今少し離れた机の上になった。  今回失敗すれば、きっと教材は台所まで離されてしまう。だから今日の優太はいつもより更に慎重だった。  抜き足差し足忍び足。  ──あ、あと少し・・・・・・! 「(にゃに)をしているにゃ!!」 「わっ!!」  教材まであと数センチのところで、突然の声と共にフシーッ! と毛を逆立てられてしまった。  ──あぁ、これでまた教材が遠ざかった・・・・・・。 *** 「あっ、はは! それで教材、黒曜ちゃんのお腹の下に仕舞われることになったんだ?」 「そうなんですよ・・・・・・」  トマトソースで何やら煮込みながら笑う九条(くじょう)の隣でじゃがいもの皮をむく優太は口をとがらせながら言った。 「台所まで遠ざかるだけかと思ったら、もうダメってお腹の下に敷いてしまって」 「あはは。黒曜ちゃん、ちゃんとユタくんのこと見ててくれてるんだね」  九条がそう言うと、厨房の端っこで鮭のムニエルを頬張る黒曜が「ふん」と言った。 「くじょーがどうしてもって言うから言うこと聞いてやってるだけにゃ。ユタの事はどうでもいい」 「ふふ。ユタくんの管理、ありがとね。この子すぐに無理するから心配してたから助かるよ」 「今日の晩魚は鯖がいいにゃ」 「あはは。了解」  ──くそう。  九条と黒曜は、「毎日好きな時に好きな魚を食べさせてあげる」という条件で手を組んだらしい。お陰で、優太は八時間の睡眠は確実に取らなければならなくなったし、勉強しすぎていると教材を奪われるし、休みの日にうっかりご飯を食べ忘れていると怒られるようになった。部屋も散らかすと黒曜に部屋を追い出されるのできちんとしなくてはいけなくなったし、洗濯をしなければ猫の姿の黒曜に洗濯物の中で暴れられ、毛だらけにされるので洗濯もするようになった。  つまり、ちゃんとした人並みの生活を送るようになった。傍から見ればいいことなのかもしれないが、早く資格を取りたいと思っている優太としては不本意だ。 「ユタくん」 「はい」 「資格を取るために一生懸命なのはいいけど、何より大事なのは健康だからね」 「・・・・・・はい。」  エスパー九条については、もう言及しないでおこう。  
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