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そんなこんなで健康になった優太だったが、それが悪い方向へと転がることもある。
「ユ・タ・くん〜!!♡」
開店してから10分も経たないうちに、その声とともにヂリンヂリン! と鈴が可哀想なほどの音を立て、扉も可哀想なことに壁に打ち付けられる勢いで開け放たれた。
こんな開け方をする人は一人しかいない。
「マオさん・・・・・・!」
「思わず触りたくなっちゃうお肌になっちゃってこのこの〜!♡」
瞬間的に端っこでいつものように呑んでいた天が容赦なく避け、九条も逃げ、黒曜まで逃げた。優太を守る者は誰もいない。そして、優太は未だに逃げるのが下手くそだった。
大きな体の半分をカウンターに乗り出させ、優太を捕まえようとするマオの手に、優太はまんまと捕まった。こうなってしまえば一巻の終わり、である。
「や、やめてください・・・・・・!」
「お肌もちもち〜♡ ユタくんを健康にしてくれた黒曜ちゃんに感謝ねぇぇ♡」
「す、すみません頬ずりやめてください九条さん助けて下さいお願いします」
「ユタくん〜」
「はいぃ」
「ドン・マイ☆」
「あ"ぁぁぁぁあ!!」
九条に爽やかな笑顔で親指を立てられ、優太は断末魔を上げた。マオの厚く塗られたファンデーションが順調に優太の頬に移されていく。
──俺、マオさんみたいな化粧似合うのかな・・・・・・。せめて、似合うといいな・・・・・・。
「寒い!!」
優太がそのキツいおしろいの香りに判断が鈍り始めたその時、救世主が現れた。
聞き馴染みのある「寒い!!」の声に優太が反射的に身を縮こませるのと同時に、優太をホールドしていた腕が一瞬で冷たくなった。
──さ、寒い・・・・・・! 冷たい・・・・・・!
「あっ! ユタくん、数秒だけそのまま耐えて! すぐにホットワイン持ってくるから! 黒曜ちゃん、後でアジもあげるから、ちょっとユタくんに引っ付いててくれる?」
「仕方にゃいにゃー」
いつもは冷静な九条の慌てたような声が聞こえてきて、アジで買収された黒曜の温もりが背中にやって来た。しかし、それでも寒すぎて歯が噛み合わず、返事も礼も出来なかった。
「ごめんごめん、お待たせ!」
九条は宣言通り、数秒で戻ってきた。マオに視界を奪われていても何が起きているのかわかる。見慣れた光景だ。今から九条は先程の声の主にホットワインを手渡し、声の主はそれを受け取り、そして──。
「あったかい!!」
同じ声の、その一言により、優太は漸く寒さから解放された。
「ユタ、ごめん! 助けようと思ったらこれしか無かった!! 大丈夫!?」
黒曜にガッチリと固まったままのマオの腕の中から引っ張りだされ、息がしやすくなる。と思えば、上からコートやらダウンやらの防寒具をいっぱい掛けられた。
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