お前の心臓を止めましょう。

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お前の心臓を止めましょう。

全ての過去を思い出した私は、膝を立てて小さくなっていた。私たちはお互いに死んでいて、目の前の男、琉唯に至っては生きていた頃に宣言していた、あの世で痛めつけるというのを本当に実行していて。琉唯は記憶がなくならなかった。だけど私は琉唯との過去だけでなく、琉唯の存在すらも忘れていたんだ。自分の犯した過ちを忘れ、自分が死んでいることすらも忘れ、ここから出て生きようとしていた。なんて馬鹿なんだろう。自分はあれだけ琉唯に酷いことをしていたのに、それを忘れて生きようとするなんて。最低最悪な奴だ。琉唯に対して純粋な気持ちを持ち続けていたら、こんな結末にはならなかっただろうか。どこかで正気に戻っていれば、何かが変わったのだろうか。激しく後悔するけど、今はただ、琉唯に対して謝罪しなければならないと思った。当然許してもらえるとは思っていない。だけど、今の私にはそれしかできなかった。誠意を持って、心から謝罪することしか。 「ごめんなさい」 涙が出そうだった。本当に泣きたいのは、きっと琉唯の方なのに。私が悲劇のヒロイン面して泣くわけにはいかないのに。どうにかして涙を堪えながら私は琉唯を見た。彼は私を見下ろしていた。冷めた眼差しで私を見ていた。謝ったって許すわけねぇだろ。そう訴えているような目。分かってる。分かってた。意味がないことくらい。だけど、謝罪の言葉でしか償いの方法が思いつかないんだ。 好きだった。確かに私は琉唯のことが好きだった。好きだったけど、それが異常だったんだ。どうしてあれほどまでに狂ってしまったのか、自分でもよく分からなかった。当時は琉唯のことばかり考えていて、琉唯さえいれば他は何もいらないと思っていた。まるでそれが正しいことのように。どこで私は道を踏み外してしまったのだろう。琉唯を好きになった時点で、いや、それより前。琉唯に彼女役を申し出た時点で、私はもう既に間違っていたのかもしれない。結果、私は琉唯を好きになりすぎてしまった。ただの好きならよかったんだ。振られた時点で諦めることができていれば、こんな結末を迎えることはなかったかもしれない。普通のクラスメートのまま、異性の友達のまま、共に成長していくことができたかもしれない。 「ごめん、琉唯。ごめんなさい」 好きになってしまって。全てはここにある気がした。私が琉唯を好きになってしまったから、まだ見ぬ本当の自分が顔を出して琉唯を追い詰めた。琉唯は豹変するまで私には手を出さなかったし、必死に耐えていた。それが私にとって快感だったんだ。まさか自分がそんな嗜好を持っているとは思わなかった。恋なんてしなければ、誰かを好きにならなければ、醜い自分を生み出すことはきっとなかっただろう。琉唯に彼女役を申し出るんじゃなかった。それで琉唯を簡単に好きになるんじゃなかった。凄いな。モテるな。そうやって教室の隅で眺めているだけでよかった。ただの人気者のクラスメートでよかった。それなのに、それなのに。私は。真っ黒な初恋をしてしまった。 琉唯は私の前に屈み、意図せずに溢れてくる私の涙を親指で拭った。どこか違う、優しいその手つきに私はまた大粒の涙を流してしまった。涙の理由も分からない。だけど確実なのは、恐怖によって出てくる涙ではないということ。やり返されても、倍返しされても、仕方のないことを私はしてきたんだ。自業自得。因果応報。私は愛し方を間違った。愛する方法を見誤った。狂った愛なんて、誰が受け入れてくれるんだ。無理やり好きにさせても、それは本当の気持ちじゃない。植えつけられた嘘の気持ち。好きという言葉も、愛してるという言葉も、私が琉唯に言わせていた。琉唯の本当の気持ちじゃない。私は琉唯に好きになってもらいたかった。ただ純粋に好きという気持ちを届け続けて、琉唯に振り向いてほしかっただけなんだ。純粋な気持ちを持ち続けていたかった。黒い愛なんて、狂った愛なんて、いらない。なくなってしまえ。 「お前は俺のこと、許してくれんの?」 やり返した俺のことを。涙でぼやけた視界で、琉唯が首を傾げるのが分かった。許す。許さない。琉唯のした行為に対して。過去を思い出す前の私は、絶対許さなかったと思う。だけど自分の醜い過去を思い出した今となっては、許す以外の選択肢はなかった。私は琉唯の言葉に首を縦に振った。許さないと告げたらきっと、私はまだ狂っている証拠だ。琉唯に対して睨みを利かせたら、私はまだ琉唯を黒い愛で包み込もうとしている証拠。もう過去の自分には戻りたくない。狂った自分なんて捨て去りたい。私は琉唯を純粋な気持ちで愛していたいんだ。今も尚、私は琉唯のことが好きだから。死んでからも、琉唯を束縛したり監禁したり暴力を振るったりして傷つけたくはない。生きていた頃の反省として、私は未だに潰えていない琉唯への恋心を封じることにした。できることなら、好きという感情が綺麗さっぱりなくなって、琉唯と普通の友達に戻れたらいい。欲張りなことはもうしないから。言わないから。 琉唯がまた私の涙を両手の親指で拭い、そのままゆっくりと顔を近づけてきた。抵抗できないまま奪われた唇。琉唯は触れるだけのキスをして少し離れると、突然のことに驚いて目を見開く私と視線を合わせた。「俺はお前のことを許さない」でも一番は。そこで言葉を区切った琉唯は、確かめるようにまた唇を重ねてきた。今までの乱暴さは全く感じられない優しすぎるキス。私のことを許さないと言ったのに、どうしてキスをするんだ。これも琉唯なりの復讐なのか。肉体的苦痛の次は、精神的苦痛を味わわせるつもりなのか。それか、甘い雰囲気に持ち込ませてから、私を奈落の底へ突き落とすつもりなのか。 琉唯の真意が分からなくて、私は彼にされるがままとなっていた。どちらにせよ、拘束されているこの状態では何もできやしない。私は琉唯の挙動を眺めることしかできなかった。短いようで長い、優しすぎるキスをして私から離れた琉唯を見つめる。彼は息を吐くようにして小さく笑うと、言葉を続けた。「お前が俺にしたことを倍以上でやり返そうと思案して、それを本当にやってしまった自分自身が一番許せない」我慢できずにキスまでした自分自身も。やり返したって意味がないことくらい分かっていたのに、殺意に苛まれた自分を自らの手で制御できなかったことが辛い。憎い。後悔しているように短く語った琉唯は、縋るようにして私を抱き締めた。「俺は夢乃のこと、好きになってた。なりかけてた」でも、突然変わったから。好きという気持ちが徐々に萎んでいった。豹変した姿までは好きになれなかったんだ。所詮その程度だった、俺の夢乃に対する気持ちは。静かに告げるその言葉は全部、琉唯の本音だと思った。心の叫びだと思った。 「ごめんね。本当にごめんね」 私は琉唯の肩に凭れるようにして体を預け、また謝罪の言葉を口にした。それしか言えなかった。どの言葉も琉唯を苦しめるそれでしかない気がして。普通にしていれば、綺麗な心を持っていれば、琉唯とうまくいっていたのかもしれない。私のことを好きになってくれていたのかもしれない。強要なんかしなくても。好きや愛してるを無理やり言わせなくても。私の目から後悔の涙が溢れた。好きなのに、その愛情は狂ってしまった。愛情表現の仕方を間違えてしまった。今にも壊れてしまいそうなほど儚い琉唯を、この手で優しく抱き締めたいのに、拘束されている手がそれを許してはくれなかった。琉唯は私を強く抱き締めるだけで、拘束を解こうとはしてくれない。私のことをまだ警戒しているのだろうか。でもそう思われていても、仕方がない気がした。あれだけ極悪なことを犯してきたから。 琉唯は私から離れることなく、ずっと私を抱き締めていた。何か悪いものにでも取り憑かれたかのように強く。思わず苦しさを感じてしまうほど強く。私の後頭部に添えられた手が、ゆっくりと私の髪を撫で始めた。なんだか様子がおかしくなった琉唯に不安を感じてしまい、私は彼に声をかけようとした。だけど、それを琉唯本人が遮断した。「俺、思ったんだ。俺も夢乃と同じやり方で愛していればよかったんじゃないかって」萎んでいく気持ちを無理やりにでも奮い立たせて、俺も夢乃と同じように全力で愛していれば、お互いに死を選ばずに生きられたんじゃないかって。そうしていれば、俺たちは2人で幸せになれた? ねぇ、夢乃、どうだと思う? 俺は夢乃の意見が聞きたい。それはまるで、過去の自分を見ているような感覚だった。突如として我を失い始めた琉唯が、私の首に巻いているロープを引っ張るなり耳元で甘く囁いてきた。「愛してる、夢乃」生きていた頃の私の気持ちが、琉唯に乗り移ってしまったと感じた瞬間だった。 ロープで首を絞められ、息苦しさに苛まれる。既に死んでいるのに、死の空間にいるのに、苦しさや痛みは生きている時と同じ感覚だった。自分は本当に死んでいるのだろうかと疑ってしまいそうになるくらい、それははっきりとした苦痛となっていた。琉唯、違う。それは違う。間違ってる。私と同じような愛し方をしてしまったらダメなことくらい、それを受けた琉唯本人が一番分かってるんじゃないのか。琉唯のことは好きだけど、我に帰った私も琉唯と同じで、豹変した琉唯の姿は好きになれなかった。でも琉唯をそうさせてしまったのは私で。結果的に私は、琉唯からのどんな仕打ちも受けなければならない気がした。それで琉唯の気が済むのなら。 「る、い」狂った愛はいらないよ。琉唯だって、私からのそんな重たい愛なんていらなかったはずだ。受け入れられなかったはずだ。それを伝えたいのに、首を絞められているせいでうまく伝えられなかった。私の意見を聞きたいと言っているのに、容赦なく首を絞める琉唯の行動は矛盾していた。口角を上げて楽しそうにしているような表情も、まるで過去の自分の姿を見ているようで。私はこんな顔で琉唯を痛めつけていたのかと嫌でも思い知らされた。喋りたいけど、琉唯を正気に戻させたいけど、息がうまくできなかった。挙げ句の果てには、琉唯は私の意見なんかどうでもよくなったのか、首を絞め続けたままキスを落としてきた。さっきとは比べ物にならないほど乱暴なそれ。苦しさが増して、私の口から自然と熱い息が漏れた。 琉唯は私から一旦唇を離して、それからフッと息を吐き出した。「たまんね」その表情、最高。怪しく自分の唇を舐めた琉唯は、また私にキスをして無理やり舌を入れてきた。あまりの息苦しさに抵抗したいのに、両手を拘束されていて身動きが取れず、私は専らされるがままとなっていた。やめて、琉唯。私が悪かったから。狂った愛を届け続けてしまった私が悪かったから。だから、琉唯まで私に影響されないで。それとも、これも復讐の一つとでもいうのか。だったら私は、琉唯の気が済むまで我慢しないといけないじゃないか。琉唯がそうであったように。 服の中に琉唯の手がゆっくりと侵入してきた。驚いてビクッと肩を揺らす私のことなんかそっちのけで、琉唯はキスをし続けてロープを引っ張って私の体に優しく触れた。キスは乱暴。でも私に触れる手は驚くほど優しかった。私を包み込むようにして体を抱き寄せ、輪郭をなぞるようにして腰から背中に移動した琉唯の手が、私の下着に触れた。「る、い」キスの合間でなんとか声を振り絞り、私は理性を失いかけている彼に声をかけた。これ以上は、私の息も心臓も持たない。 琉唯は私から離れて視線を合わせると、楽しそうに口角を吊り上げた。「夢乃は俺で妄想したことあるんだろ」改めてロープを引っ張り直し、琉唯は片手でいとも簡単にホックを外した。圧迫感がなくなり、心なしか心臓の音が大きく聞こえた。苦しい。恥ずかしい。琉唯には全部、お見通しみたいで。私は琉唯でたくさん妄想してきたから。琉唯をおかずにエクスタシーを感じてきたから。苦しくて、とてつもなく恥ずかしくして、思わず私は泣いてしまいそうになった。 「泣き顔も唆る」最高の眺めだな。琉唯はホックを外した下着を辿るようにして、私の胸に触れてこようとした。心臓の鼓動が増す。息苦しさも増す。酸素不足で頭がくらくらした。琉唯はロープを避けるようにして私の首筋を噛んでから、耳元で甘く囁いてきた。「その妄想、俺が今から叶えてやるよ」この死後の世界で。だから早く言えよ。詳しく。はっきりと。ついに涙を堪え切れなくなった私は、琉唯の言葉を拒絶するように緩慢な動作で首を左右に振っていた。言えない。言いたくない。そんな恥ずかしいこと。もう私は、過去の狂った私じゃないから。 口を割らない私に対して短く舌打ちをした琉唯が、その苛立ちをぶつけるようにして私に襲いかかってきた。息ができないほど深くて長いキスをされ、寸前で止まっていた琉唯の手がゆっくりと私の胸に触れてきた。息切れともに声が漏れ、わけが分からなくなった。頭も体もどこもかしこも熱い。酸素が足りない。死んだ世界で、私はまた死んでしまいそうになっていた。 涙が頬を伝う。胸に触れていた琉唯の手が、いつの間にか私の下腹部に移動していた。嫌だ。触らないで。失禁して汚くなっている上に、意図せずとも体が反応してしまいそうになっているから。だけど、私の意思に反して琉唯の手は止まらなかった。汚いのも構わずに、琉唯は容赦なく服の中に手を入れてきたのだ。正直な体は嫌でも反応してしまっていて、私は出そうになる声を押さえるのに必死だった。それなのに、琉唯は私を煽るように何度もキスをしてロープを引っ張った。そして、引っ張ったそのロープを床と膝の間で挟むようにして固定し、自由になったその手で私の後頭部を押さえた。息苦しさの中、深いキスを何度もされたり、その長い指で攻められ続けたりした結果、私の頭は真っ白になって脱力してしまった。 濡れて汚くなった指を、琉唯が私に見せてくる。また舐める? そう言っているような目。私の反応を見て楽しんでいるような目。ゲス顔。私の目から、涙がとめどなく溢れてきた。「もう、やだ」やめて。ごめんなさい。私が、私が全部悪かったから。反省してるから。そう訴えても効果がないことくらい、私が一番分かっていた。やめてと言えば言うほど、抵抗すればするほど、酷い仕打ちが待っている。私がそうしてきたから。自分に従わなかったら暴力を振るって、無理やり従わせた。それが快感だった。今の琉唯も過去の私と似たような感じなのであれば、これからすることはきっと。「まだやめねぇから」俺の愛を全部受け取ってくれるまでは。首を絞めて殴ること。だと思った。 琉唯は濡れた指を躊躇いもなくペロッと舐めると、それでまた私の秘部に触れてきた。「ま、待って、いや」おかしくなる。嫌だ。やめて。その手を止めて。もう許して。泣きながら喘ぐように訴えても、琉唯は聞く耳を持ってくれなかった。完全に理性を失っているような表情でキスをして、それから首筋に顔を埋めて舌を這わせたり噛んだりして、私に甘い痛みを覚えさせてきた。「琉唯、やめ」全てを言い終わる前に、唇を塞がれた。どんどん暴走していく琉唯に、拘束されている私は為す術がなかった。ただキスの合間に琉唯の名前を呼んで、やめてと伝えることしかできない。 何度も名前を呼んで言葉で抵抗する私は、早く琉唯が正気に戻ってくれることを願っていた。私は死ぬまで、記憶がなくなるまで、正気に戻ることはなかった最低な奴だけど、琉唯はきっと私とは違う。琉唯ならきっと、必ず、戻ってきてくれる。狂いに狂った歯車を、私は正常に動かしたい。せめて死後の世界だけでも、私は琉唯と幸せになりたい。清く、綺麗な、純粋な恋をしたい。全ての元凶の私が言える立場ではないけど、今の私は確かに、そうなることを願っていた。 琉唯。やめて。お願い。そう願って願って願って。私は必死に言葉で抵抗していた。琉唯をここまで追い詰めたのは私だ。こうやって死んでしまっても償いきれないことをした。私さえいなければ、琉唯は平和な日々を送っていただろう。だけど、私がいたから、それで私が琉唯を好きになってしまったから、琉唯の日々は狂ってしまったんだ。琉唯は何も悪くない。私が全て悪いんだ。自分を責め続ける私は、それが涙となって溢れ出てしまった。感情も、涙の種類も、忙しなく変化していた。 琉唯は狂ったように何度もキスをして、骨ばった長い指で攻め続けてきた。頭も体もおかしくなってしまいそう。熱い息が絡み合って、我を失った琉唯と目が合った。「琉唯、もう私、無理だよ」本当におかしくなる。開けてはいけない扉を開けてしまいそうな感覚。息が乱れて頭がくらくらして、まるで逆上せたような気分だった。琉唯はようやく私から手を離すと、今度は私の太腿に触れて首筋に顔を埋めてきた。そして、後頭部を押さえている手で首に巻かれているロープを上に持ち上げ、ロープで巻かれていた感覚が残るその部分に唇を押しつける。それから舐めたり吸ったり噛んだり。そんな琉唯の愛情表現に、やっぱり私の頭はくらくらした。「もうどうしようもないくらい、今の夢乃のことが好き」愛してる。俺の気持ち全部受け取れよ。甘い言葉を口にした琉唯は、また私にキスをした。どこもかしこも熱くて、絡み合う舌なんかどっちのものなのか分からなかった。そのまま抵抗することもできずに、私は琉唯に乱暴だけど甘すぎる愛を注がれたのだった。 息を切らしながら脱力する私を抱き締めた琉唯の手が、なぜか震えていた。私の肩に額を乗せ、縋るようなその手つきに、もしかしたら正気に戻ってくれたんじゃないかと思わずにはいられなかった。「琉唯」恐る恐る声をかけてみる。返事はしてもらえなかった。それならば、私も琉唯と同じように抱き締めて精一杯謝罪して精一杯の愛を届けたいのに、それができないのが辛かった。手錠なんかぶっ壊してしまいたい。恋愛に手錠なんて必要ないんだ。それくらい分かってた。分かってるつもりでいた。だけどあの時の私は、全然分かっていなかった。私も琉唯に手錠をつけて自由を奪い、行き過ぎた愛を琉唯に捧げていたから。間違いだらけの人生。それに気づかない愚かな自分。好きな人を苦しめて、傷つけて、狂わせてしまったどうしようもない人間。私はもっと早くに、琉唯に出会う前に、死んでいればよかったのかもしれない。 琉唯の手がゆっくりと手錠に触れた。そして軽快な音が響くと、私の手から手錠が外れた。自由になる両手。どうして手錠を外してくれたのかなんて分からなかったけど、今はただ、自由を取り戻したこの手で、琉唯を優しく、強く、抱き締めたかった。精一杯の謝罪と真っ白な愛を込めて。また溢れる涙を零しながら、私は迷うことなく琉唯の背中に手を回した。「琉唯、ごめんね」たくさん苦しめて。たくさん傷つけて。狂った愛を全力で捧げてしまって。許してとは言わない。だけど、私のこの気持ちが琉唯に届いていればいいとは思う。これもまた、琉唯の気持ちを無視した自分勝手な意見だろうか。 琉唯が私を強く抱き締める。あぁ、やっぱり、私は琉唯が好きだ。どうしようもないくらい好きだ。「ごめん、やっぱり好き」琉唯のことが好き。だから、今度は全力で純粋な愛を届けたい。何度目か分からない告白。そこに黒い感情なんて一切なかった。狂った愛は必要ない。それに死んでから気づくなんて、あまりにも遅すぎた。「琉唯、ごめんね、好きなんだ」ごめん。好き。その言葉を告げる度、私はわけも分からず胸が苦しくなった。それに対して琉唯は、私を更に強く抱き締めて。「許さない」俺も好きだから。そう小さく呟いた。好きだからこそ許さない。そこには琉唯の愛が詰まっているような気がした。 琉唯の手で首に巻かれたロープも解かれる。徐々に解放されていくこの感じが、本当の終わりへと近づいていることを暗示しているかのようで。「夢乃、ごめんな」私から少し離れた琉唯が、悲しそうな、切なそうな、そんな表情で私を見て、ゆっくりと私の首に手を添えてきた。琉唯によって、私はまた死ぬんだ。確か琉唯は、死ぬまで終わらないと言っていた。それをこんな形で実行されるなんて。徐々に琉唯の手に力が込められる。再び襲ってくる息苦しさ。私は琉唯の腕を掴むけど、引き離そうとはしなかった。もともと弱り切っていたのもあってか、すぐに意識が朦朧としてくる。琉唯の腕を掴む手に力が入らなくなって、するりと垂れ下がった。死後の世界で、私はまた死ぬ。それまで本当にあと僅かだった。 正気に戻った琉唯の姿が、間違いなく一番好きだと思った。私は今目の前にいる琉唯に恋をしたんだ。クールでミステリアスで、誰からも慕われていた琉唯に。私だけでなく、多くの女子にモテていた琉唯に。そんな琉唯が、私のことを好きなりかけていた。それなのに私は、私の好意は、どんどん狂っていって、そのうち真っ黒になってしまった。私が狂うことがなければ、歯車はしっかりと噛み合っていたのかもしれない。生きていた世界で、琉唯と恋ができていたのかもしれない。そんなたらればを繰り返してばかりいる私は、いつまでも死んだ過去を後悔していた。 意識が途絶える寸前、琉唯の唇が私のそれに重なった。とても優しくて、とても残酷なキス。「夢乃、ごめん、愛してる」小さく愛を囁いて、琉唯はまたキスをした。私も、愛してる。伝えたかったその想いは、言葉にならなかった。来世でまた琉唯と巡り会う日が来るのなら、きっとまた、私は恋に落ちるだろう。そうなった時は、今度こそ純粋な愛を届けるから。ゆっくりと重たくなっていく瞼に抗えず、私は死後の世界でまた息を引き取った。その瞬間、今まで全く聞こえていなかったはずの音が脳内に直接響いた。それはまるで、病院にある心電図が停止するような音だった。 END
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