お前に暴力を振るいましょう。

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お前に暴力を振るいましょう。

睨む。それはきっと、目の前の男には効果がない。楽しそうに口角を上げているのがその証拠だ。完全に此奴に主導権を握られている。お腹が痛い。イライラする。思うように動けない。イライラする。なかなか言葉を発せない。イライラする。痛みに、もどかしさに、とてもイライラする。目の前で私を見下ろす此奴にもイライラする。死ね。 なんで私がこんな目に遭わなければならないんだ。何度目か分からない疑問が頭を縦横無尽に駆け回っていた。本当に何も解決していない。前進していない。寧ろ後退しているんじゃないだろうか。此奴はきっと何か知っている。私がここに連れてこられた経緯も何もかも、私が知らないその全てを知っているだろう。だけど、それを聞いても素直に答えてくれるとは思えなかった。男は性格が捻じ曲がっているような気がするから。腹黒だ。 それでも聞いて見なければ何も分からなくて。ここから出る手かがりを探るためだとでも思えば、此奴に話しかけることも抵抗なくできるかもしれない。そうこれは、ここから出るために必要なこと。乗り越えなければならない試練。此奴に聞く。それをしなければ、きっと前には進めない。 男が話してくれることを願って、私は息を吸った。お腹はまだ少し痛かった。それからゆっくりと言葉を紡ごうとして、私はピタリと固まってしまった。何をどう聞けばいいのだろう。そこをちゃんと考えていなかった。私がここに連れてこられた経緯を聞くのか、それともここから出る方法を聞くのか、はたまた男の目的を聞くのか。考えれば考えるほど多くの疑問が芽生えてしまい、収拾がつかなくなってしまった。また頭がパンクしそうになる。 男は私の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んできた。見下すような目。ムカつく。腹が立つ。また殴ってやりたくなった。此奴をどこかで見たことがあると思ったのはきっと気のせいだ。こんな無駄に整った顔をしている腹黒野郎なんて知らない。記憶にない。疑問を尋ねることも忘れて、私は目だけで男を殺せたらいいのにと強く思いながら其奴を睨みつけた。当然の如く、男は全然怯まない。それが更に神経を逆撫でする。 「なんか言いたそうじゃん。何? 言えよ」 男は余裕そうな表情で私を煽ってきた。聞きたいことは山ほどあるけど、怒りの気持ちの方が勝ってしまい、私はもう一度男の頬を力任せに平手打ちしていた。「死ね」たった2文字だけど最低な暴言付きで。何かを握っているであろう此奴に本当に死なれたら困るのは私の方なのに、挑発されてついカッとなってしまった。悪い癖だ。 殴られて暴言までも吐かれた男だけど、やっぱり痛くも痒くもないみたいな表情で私を見た。それからフッと馬鹿にしたように笑ったかと思うと、私の顔面を躊躇うことなく殴ってきた。拳で。脳が揺れたような感覚がした。頬が痛い。視界がグラグラする。反動で床に横倒れになった私を見下ろす男は、やっぱり楽しそうに口角を上げていた。ムカつく。だけど殴られた頬が痛くて、嫌でも顔を歪めてしまう。男みたいに平常心を保てないのが悔しい。 「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」 死ね。お互いに初対面のはずなのに、お互いに恨みがあるような殺伐とした雰囲気。私は此奴のせいでここを出られなかったことに憤怒していた。別に怒るようなことではないかもしれないけど、腹立たしく思ってしまったのだから仕方がない。此奴自体も嫌いだと感じるから尚更。 対して男が私に死ねという理由はなんなのだろう。何度も何度も殴られたからだろうか。ムカつくほど余裕な素振りをしているけど、本当は私と同じような気持ちを抱いているのかもしれない。もしそうだったら、呆れるほどショボい。笑えてきそうだ。 頬の痛みを堪えながらなんとか起き上がる。男はじっとこちらを見て、それからまた馬鹿にしたように笑った。いちいち癪に触る。此奴とは相性最悪だ。いくら密室に2人きりだからって、こんなムカつく暴力男にドキドキなんてするか。お腹の痛みが頬に移動した感覚に陥りながら、私は男をずっと睨んでいた。 男は一度顔を伏せ、またゆっくりと顔を上げた。その目を見て、背筋が凍りついた。表情のない冷めた眼差しが、私を捉えて離さない。ヘラヘラした笑みは一切なく、まるでロボットのようだった。再び首に伸ばされた手。男の目に囚われて身動きが取れなかった私は、氷のように冷たい手に簡単に命を握られてしまった。呼吸がしにくくなる。首から徐々に体温が低下していくよう。それでも私は負けじと反抗の意を示した。無論、男に効果はない。 「最初に死んだ方が負け。死ぬまで終わらない」 突然を何を言い出すのかと思えば、男は首を掴む手に力を込めてきた。反射的に男の腕を掴む。引き離そうにもできなくて、苦しさだけが倍増した。酸素が吸えない。息ができない。近づく死に焦りが募り、私は無我夢中になって男の手を引き離そうとした。それでも男は力を込め続ける。徐々に意識が遠のいていき、視界が霞んでいった。このまま呆気なく死んでしまうのだろうか。あぁ、嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。此奴に殺されるくらいなら、自殺した方がまだましだ。 力が入らなくなる。男の手の冷たさが気にならなくなっているのは、それに早くも慣れてしまったからだろうか。それとも、私の体温が男の体温と同じように低くなっているからだろうか。あぁ、ダメだ。もう何も考えられない。そう思って遠のく意識に抗えなくなった時、いきなりパッと手を離された。その瞬間私は激しく噎せ、胸を押さえて足りない酸素を必死に補給した。胸が苦しい。霞んでいた視界が徐々に開けていく。私は涙目になっていた。 ぼやけた視界に映る男が、私の頬を叩いた。さっきまで首を掴んでいたその手で。殴られた私は痛みに顔を歪めてしまった。反抗したいけど、その余裕がない。まだ息が苦しい。頬も痛い。苦しい。痛い。とても苦痛だった。男はそんな私を見て、きっと楽しそうに口角を上げているのだろう。想像しただけで腹立たしい。このサディスト野郎が。後で痛い目見せてやる。 男は私の髪を掴んで無理やり上を向かせた。優越感に浸っているような目。私を苦しめて楽しんでいるような目。酷くムカつく。嫌悪感。唾を吐いて中指を突き立ててやりたい。消えろ。死ね。心の中で暴言を吐くも、それを言葉にする気力がない。思っていたよりも、絞殺されそうになったことに堪えている。此奴の前で涙なんて流したくないのに、苦しさに耐えきれなくて目から零れ落ちてしまった。早く止まれ。 男は私の涙を乱暴に親指で拭うと、それをペロッと軽く舐めた。思わずドキッとするような場面でも、此奴がやるとただ嫌な気分になるだけ。一体此奴は何がしたいんだ。全然読めない。幾分か呼吸が整い出し、また少しの余裕が生まれた私は、目の前の男に再び睨みを利かせた。もうそれしかしていない。効果がないことなんて分かりきっているのに。 「これくらいまだ余裕だよな。じわじわ痛めつけてやるから。簡単には死なせない」 男は掴んでいた髪を乱暴に離して立ち上がると、躊躇なく私の腹部を蹴り上げてきた。1回目と同じような箇所を蹴られ、収まっていた痛みが再び全身を襲う。私はお腹を押さえて蹲った。痛い。痛い。やっぱり変な汗が出る。吐きそう。私は痛みを堪えるような荒い呼吸を繰り返した。 男は蹲る私の左肩を、お腹を蹴った足で壁に押さえつけてきた。強く、強く。地味に痛くて、私はまた苦悶の表情を浮かべてしまった。どうして私がこんなに苦しい思いをしなければならないのか。確かに私も悪いことをした。男の頬を何度も殴った。だからって、こんなに苦しめられる筋合いはない。ストレスの捌け口が私なのか。たまたまここに連れてこられていた私を見て、ちょうどいいとでも思って私を無理やりここに留まらせたのか。いい迷惑だ。私はお前のストレス発散の道具じゃない。 男は私の肩を壁にめり込ませるような勢いで押さえつけてきた。左手はあまり力が入らず、右手で男の足を掴んでどうにかしようとするけど、全然敵わなかった。男は私を見下ろしている。馬鹿にしているようなその瞳に殺意が湧いた。「死ねよ。人間のクズが」思わずそう口にしてしまったけど、男は少しも傷ついていない様子で。「残念。死ぬのはお前だから」余裕の笑みを浮かべて更に足に力を込めてきた。何を言っても怯まない男にイライラが募る。此奴、本当に癪に触る。 男の足を掴んでいた手を離し、思い切って拳で殴ってやろうとした。だけど、それにいち早く気づいた男が素早く肩から足を退けたため、私の手は情けなく空を切った。「ダッセ」男が煽り文句を口にして私を挑発する。それについカッとなってしまった私は、お腹や肩の痛みも忘れ、立ち上がりながら男に向かって拳を振り上げた。顔面めがけて殴り倒そうとする私の手を軽々と掴んだ男は、私が男にしたかったことを楽々とクリアしてみせた。また頬に激痛が走る。床に膝をつきながらも、私は痛む部分を押さえて必死に歯を食いしばった。悔しい。 痛みで顔を歪める私を更に苦しめる一手を男は追加してきた。爪先で再びお腹を蹴ってきたのだ。せり上がってくるものを我慢できなくて胃の中の物を吐き出してしまった私は、苦痛に涙を零してしまった。嫌だ。こんな姿を最低な男に見せてしまうなんて嫌だ。此奴の目の前で涙を流す。此奴の目の前で苦痛に顔を歪める。此奴の目の前で嘔吐する。それらが此奴を気持ちよくさせていると分かっているのに、私はどうしても我慢することができなかった。耐えられなかった。痛い。苦しい。悔しい。 吐瀉物の上に涙が落ちる。苦痛の涙。悔恨の涙。私は顔を上げられなかった。どうせ奴は笑っている。いや、嗤っている。醜い姿だけでなく、醜い顔までも晒すなんて絶対にしたくなかった。そう思って意地でも顔を上げないつもりだったのに、簡単に男に顎を持ち上げられてしまい、強制的に顔を上げさせられた。涙や吐瀉物で汚れた私の無様な顔面を真正面から見た男は、口角を吊り上げて拳を振り上げた。「あ、やめ」どこを狙っているのかが直感で分かってしまい、私はなんとも情けない弱々しい声を上げてしまった。やめてと懇願したところで、やめてくれるはずがない。男が躊躇うことなく振り下ろした拳は、私の鼻に直撃した。 頬よりも痛いそれは、私の涙を更に増やした。鼻血が出るような嫌な感覚がする。男は乱暴に手を離し、私を面白おかしそうに見下ろした。私は咄嗟に俯いて鼻を押さえ、少しでも顔を隠そうと試みた。頬よりも肉が少ないから、直接骨を殴られたような鋭い痛みが走っている。痛い。痛すぎる。ゆっくりと手を離すと、手のひらに赤い液体が付着していた。鼻血だ。なんてダサいのだろう。 根元を押さえてどうにか止めようとするけど、それはなかなか止まらなかった。ティッシュなんてものはないから、手で押さえるしかないこの現状。指と指の間からポタポタと落ちる血は、涙と一緒に吐瀉物の上でその存在を知らしめた。汚い。醜い。涙も血も止まらない。早く止まって。早く。私にこれ以上醜態を晒させないで。 必死に涙と鼻血を止めようとする私をムカつく笑みで眺めているであろう男の足が、私の脇腹にめり込んだ。容赦のないその一撃に、私は床に横倒れになってしまったけど、意地でも顔だけは上げなかった。あぁ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。こんな顔じゃ、男を睨むことも、強気な態度を見せることもできない。悔しい。心の底から悔しい。なんで私が。どうして私が。こんな辱めを受けるほどのことを、私が此奴にしたっていうのか。ふざけんな。そんなの身に覚えがない。 男がもう一発腹部を蹴ってきた。出すものなんてもうないのに、また吐きそうになる。目からは涙が、鼻からは血が、口からは胃液が。止まらない。止まってくれない。気持ち悪い。噎せるのと一緒に、口から酸っぱさを感じる液が出てきた。息切れがする。鼻血の量は少なくなったけど、涙は一向に止まらなかった。 「なぁ、今どんな気持ち?」 男が私の髪を掴んで無理やり目を合わせてきた。楽しそうなその笑みがイラつく。殴ってやりたい。でもその余裕もなければ、男の問いに答える余裕もなかった。ただひたすら無言を貫く私。涙と血と胃液が、私の顔面を滅茶苦茶に汚していた。嫌だ。見せなくない。見せたくないのに。此奴にだけは、醜態を晒したくないのに。 涙と血で汚れた手で、男の腕を掴む。私なりの必死の抵抗だ。男は汚い手で触られるのも構わず、私の頬を空いた片手で殴ってきた。「面白いからもっと苦しめよ」舌舐めずりをした男は、狂ったように私の顔を殴り続けた。殴られる度に痛みが走り、涙がとめどなく溢れる。痛い。苦しい。悔しい。やめて。心の中で叫んでも、男には伝わらない。伝わってもきっと止めてはくれない。痛がれば痛がるほど、苦しめば苦しむほど、泣き叫べば泣き叫ぶほど、男を熱くさせる。それを分かっているのに、我慢できない苦痛が押し寄せてきて、もうどうすることもできなかった。 やめて。お願いやめて。必死に男の行動をやめさせようとするけど、まともに声を出せなかった。叫べない。大声で伝えられない。喉が引っ付いたみたいに声が出ない。出せたとしても、涙で震えたような弱すぎる声が出るだけ。細い声が出るだけ。痛い痛い痛い。顔が痛い。心が痛い。苦しい。嫌だ。やめて。このままだと私の心も体も壊れてしまう。お願いします。やめてください。 祈るように懇願しても、男にはやっぱり伝わらない。男が満足するまで、私はこれに耐えなければならないのか。この激しい痛みに、脳が揺れるような感覚に、耐えなければならないのか。一体いつまで。いつまで我慢したらいい。いつまで此奴に快感を味わわせていればいい。いつになったら、私は解放されるんだ。この男からも、この部屋からも。誰か、教えて。 重たくなってくる瞼。意識が遠のいていく感覚。ここで死んでしまうのだろうか。殴られ続けて死んでしまうのだろうか。何も分からないまま、見ず知らずの男に快感を与えるだけ与えて、私はこの世を去ってしまうのだろうか。そんなの嫌だ。訳も分からないまま死んでしまうなんて耐えられない。 「もうやめて」 ようやくはっきりと出せた声は、思っていたよりも震えていた。心が叫んでいる。此奴に対して怖いと叫んでいる。怖いんだ、私。此奴のことが怖いんだ。怖くなってしまっているんだ。恐怖を感じているんだ。怖い存在だと、私よりも力のある上の存在だと、強者だと、思い始めてしまったんだ。一度恐怖を植え付けられてしまったら、簡単には抗えない。生きたいと思っている限り、私は此奴にずっと命乞いをしてしまうのだろう。此奴を喜ばせる行動だと知っていながら、恐怖や苦痛を我慢できずに。 男は殴り続けていた手を止め、私の髪を掴んでいた手を乱暴に離した。乱れた髪を整える余裕すらなく、私は息を切らしながら涙目で男を見上げていた。頬が痛い。鉄の味がする。口の中を切ってしまったのかもしれない。 ドクドクと心臓が嫌な音を立てているのは、此奴から解放されないことを悟っているからだろうか。此奴にまだ何かされるんじゃないかと恐怖を感じているからだろうか。女だからって、此奴は遠慮なんてしない。私に何か恨みでもあるんじゃないかと思うほどの挙動。でも私には身に覚えがなかった。思い出せない、欠落している記憶の中に、此奴との記憶があるのだろうか。分からない。 男は私を見下ろしていた。じっと私のことを見ていた。品定めするようなその視線に、私は人知れず嫌な気分になった。やめてと言って、本当に何もせずにやめてくれるような奴じゃない。此奴は絶対何かを企んでいる。もう何もしないでほしいのに、それを訴えても聞く耳を持ってくれないのは明白で。男の容赦のない行動に、暴力に、私は必死に耐えるしかないのだと悟った。此奴からはきっと、死ぬまで逃げられない。逃げても逃げても、此奴は私を死なせるまで追いかけ続けるだろう。ゆっくりと、じわじわと、私を死の底へと誘うのだ。ほらまた、此奴は私を見下ろしたまま、ゲス顔を晒したから。 嫌でも男の前で身を縮こまらせてしまっている私は、座り込んだまま無意識のうちに後退りしていた。なんて自分は弱い人間なのだろう。少し前までは強気な態度を示せていたのに。それこそが本当の自分だと思っていたのに。だけど、殴られ続けた結果がこれだ。暴力は相手を支配する。私は目の前の男に、恐怖を植え付けられてしまった。肉体的苦痛を味わわされて。 壁に背中がつき、もうこれ以上後退りできないことに気づいた。男との距離を広げられない。この隔離された部屋の中では、どこに逃げようと意味がない。すぐに距離を縮められ、また暴力を振るわれてしまう。痛みが全身を襲ってしまう。口の中が痛くなった。少しの間忘れていた痛みが蘇ってきた感覚だ。嘔吐した後の酸っぱい感じの気持ち悪い味や鉄の味が口内を支配していて、また吐き気を催してしまいそう。気持ち悪い。視界でも自分から出た吐瀉物や血が混ざり合ったそれが映って、吐き気に拍車がかかった気がした。思わず口を押さえる。 男が近づいてきた。ビクッと反応してしまう私を他所に、其奴は得意の首絞めをして私の全身を凍りつくした。冷たすぎる手が恐怖を煽る。動悸がしてまともな呼吸ができない。今度はどこを殴られてしまうのだろう。お腹だろうか。何度か殴られて蹴られたお腹を集中攻撃してくるのだろうか。楽しそうに私のお腹を殴ったり蹴ったりする此奴の姿を想像しただけで、お腹が酷く疼き始めた。痛い。やめて。私はこれ以上苦痛を味わいたくない。 男は空いた片手で私のお腹に触れ、慣れたような手つきで服の中に手を入れてきた。一気に冷たさが押し寄せてくる。予想外の行動に驚く私を無視して、男はそのまま下腹部に手を伸ばし、長い指で触れてきた。体の中心から脳を刺激するような感覚が襲う。「や、やめて」片手で首を絞める男の腕を、もう片方の手で下腹部に触れる男の腕を掴んだ。当然男には効果がなく、その指の動きを止めてくれることはなかった。 嫌でも押し寄せてくる快感に抵抗できないでいると、男が馬鹿にするように口を開いた。軽く首を絞めたまま。指を動かし続けたまま。「首絞められながら感じてるとか、マゾだなお前」フッと笑った男は、躊躇いもなく私の中に指を入れた。正直な体はそれをすんなりと受け入れてしまい、男の指の冷たさを徐々に感じなくなっていった。嫌だ。このままだとおかしくなる。私は男の服を咄嗟に握っていて、出そうになる声を必死に我慢した。 男は容赦なく首を絞め、容赦なく指を動かした。息がしづらくて苦しいのに、体の中心部では女の本能が働いていて。殴ったり蹴ったりして抵抗することもできないまま、私はどうにもできない快感を全身で味わってしまった。体に力が入らない。脱力している状態の私の前に、男の濡れた指が映った。嫌なものを見せられパッと顔を背ける私に、男は更に私を苦しめるような一言を放った。「これ、お前のだから、責任持って舐めろよ」思わず耳を疑った。舐めろって、そんなこと、絶対できない。勝手に触ってきたのはお前じゃないか。それなのになんで。私が後処理をしなければならないんだ。 男は拒否したら殺すとでも言うように首を絞めてきた。流石にもうこれ以上絞められ続けたら本当に死んでしまう。私はまだ死にたくない。こんなところで、此奴の前で、此奴の手によって、死にたくはない。抗えない、拒否できない自分が悔しくて、私は歯を食いしばりながらも首を縦に振ってしまった。その指を、噛みちぎってやりたい。 男は満足そうな笑みを浮かべて、濡れた指を私の口元に持ってきた。あぁ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。自分のものを舐めるのも嫌だし、此奴の指を舐めるのも嫌だ。それでも首を縦に振ってしまったからには、実行するほかなくて。殺されないためにも、私はこの指を舐めなければならなかった。 勇気を振り絞って口を開け、ゆっくりと舌を出す。ペロッと1回、男の指を舐めた。冷たい。嫌な臭いが鼻をついたことで咄嗟に口呼吸に切り替え、また男の指を舐めた。舐めて舐めて舐めまくってやった。どうしてこんな馬鹿なことをしているのだろう。ぼんやりとそんなことを思いながらも、私は洗脳されたように男の指を舐め続けていた。もうすっかり私の唾液で汚くなっているはずなのに、男はその指を退けてはくれなかった。寧ろ口の中にそれを入れてくる始末。私の舌を掻き回すようにして動くそれは、喉の奥の方までやってきて。私は思わずえずいてしまいそうになった。喉が熱い。胸に不快感を覚える。 男は私の口から指を出し、唾液で汚れたそれを私の服に擦りつけてきた。自分の唾液であってもとても不快だ。だけど、やっと舐めるという行為が終わった安堵感の方が大きくて、文句を言う気力がなかった。もうあんな汚いことはしたくない。途中から何の抵抗もなく普通に指を舐めていた自分が心底恐ろしくて、男に洗脳されてしまったんじゃないかとさえ思った。 首から手が離れ、呼吸が少し楽になる。喉は未だに熱くて、胸はムカムカとして気持ち悪かった。唾液のような、胃液のような、そんなよく分からない液が後から後から溢れてくる。この感じ、もう出る。我慢できない。私は男の目の前でまた嘔吐してしまった。息が荒くなり、涙が溢れてくる。胸が苦しい。心が痛い。もう嫌だ。早く、誰か私を此奴から解放して。ここから出して。願っても願っても、それは全然叶ってくれなかった。
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