雪を溶く熱 ――わだかまりは雪のように積もり、雪のように溶けて――

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 半裸になる夢を見て、目が覚めた。もう8時。起きる時間だ。今日はフリマイベントの日である。  カーテンを開けると、前の道に車が止まっていた。数日前の雪が嘘のように溶け切り、すっかり乾いている。  車の前にいる人物を見て、美冬は、あのことを思い出した。今日は、秋人が長崎に行ってしまう日だ。  シェアハウスの管理者である美冬の親戚と、秋人、秋人の父親が挨拶をしていた。随分早い出発のようだ。  秋人の父親が顔を上げ、美冬に気づく。美冬ちゃん、と大きな声で呼ばれれば、美冬は無視できなかった。秋人にだけ気づかれたなら、容赦なくカーテンを閉め切ってしまうだろう。  美冬は仕方なく窓を開け、秋人の父親に会釈する。 「美冬ちゃん、秋人が世話になったね! 4年間ありがとう!」 「いえ、私は何もしていませんから!」  本当に、美冬は何もしていない。何もされていない。  秋人が顔を上げる。ロング丈のだぼっとしたコートに合わせているのは、ニッカポッカみたいなワイドタイプのズボン。体を鍛えていた秋人のイメージとは異なる、体を隠すような服装だ。 「美冬!」  秋人が声を張る。美冬が呼ばれたのに、なぜか美冬の親戚と秋人の父親が、申し合わせたように秋人から離れる。まるで、美冬の視界を遮らないようにするかのように。 「俺が悪かった! 許してくれ!」  秋人は靴を脱ぎ、アスファルトに土下座する。靴下をはいていなかった。 「美冬に恥をかかせようとか、DVDみたいなことをさせて喜ぼうとか、本当に考えていなかった!」  すみません、朝から大声で恥ずかしいんですが。  美冬は、そこで窓もカーテンも閉めるべきだった。 「今から俺が恥をかく!」  言うが早いか、秋人は立ち上がってコートもズボンも脱ぎ捨てた。  意外と白い肌に身につけているのは、フリルをふんだんにあしらった白いエプロンだ。女性もののようで、ぴっちり体に貼りつき、丈も短い。肝心なところがぎりぎり隠れているのがせめてもの救い。  には、ならない。  美冬は、衝動に忠実に従い、カーテンを閉めた。  頭では理解している。  秋人が「裸エプロン事件」を心の底から後悔して、誠意を持って謝罪していることを。美冬の親戚も秋人の父親も事情を知って協力してくれていることも。  でも、裏目に出とるんじゃー!  どこかで千鳥が鳴いた気がした。  ふと目についたのは、テーブルに置きっぱなしにしていた、レジンのチャーム。夜の雪をイメージして、ブラックベースにラメとパールをあしらったが、売り物にしなかった。  秋人の誠意を無碍にしたら、また自分は同じことの繰り返しだ。  美冬はカーテンを少しだけ開け、チャームを投げた。  秋人はあの格好のまま、チャームをキャッチした。ターンしたときに背中が見え、ホットピンクのボクサーパンツが見えた。パンツは履いていたのか。脱がれても困るけど。  美冬はカーテンを少しだけ開けたまま、親指を立てて見せる。  秋人も親指を立てて爽やかに笑った。脱ぎ捨てた衣類と靴を拾い、父親の車に乗り込んだ。  秋人の父親は運転席に乗り、車は出発する。  美冬は床に座り込み、深く息を吐いた。  なぜか笑いがこみ上げ、涙も出てくる。  真剣なのに、どこかおかしい。でも、わだかまりを解消しないよりは良い。多分、自分達は、これで良い。  美冬はスマートフォンのロックを解除し、秋人にメールを送る。 『行ってこい!』  すぐに返事が来る。 『ありがとう、すみまそん』
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