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雪を溶く熱 ――わだかまりは雪のように積もり、雪のように溶けて――
コーヒーが尽きた。
3杯目のコーヒーを淹れるべく、美冬はキッチンに向かう。
もう日付が変わっているのだが、まだ就寝するわけにはいかない。
鼻先が冷たくなるほど冷え込んだキッチンには、明かりがついていた。
「ただいま」
その声が、美冬の鼓膜に響く。懐かしい声だった。同じシェアハウスで暮らしているのに、ずっと聞いていなかった。懐かしいけれど、聞きたくない。同い年の幼馴染み、秋人だ。
「まだ起きてたのかよ」
話しかけられ、美冬は「うん」とだけ答える。無意識的に、関わりたくないと思ってしまうのだ。
「俺は、アルバイトから帰ってきて、風呂を済ませたところ」
秋人は、半裸でシェイカーを呷る。意外と引き締まった体を注視してしまい、美冬は我に返って目をそらす。美冬の記憶にある秋人は、もやしのようにひょろっとした頼りない青年だ。
「あんたは? フリマの準備?」
「なんで知ってんのよ」
「さっきSNSで呟いてたじゃん」
大学の友人と、数日後に開催されるフリマイベントに参加する。そこで販売するレジンアクセサリーを制作していることは、SNSで頻繁に呟いている。秋人は、それを見てやがった。
「あのさ」
まだ何か言おうとする秋人に気づかないふりをして、美冬はキッチンを出た。
コーヒーに乗せた角砂糖は、マグカップの中ですぐに溶けてしまう。
――美冬、頼む!
ひょろっと細かった秋人の、情けない声が耳に蘇る。
――裸エプロンをやってくれ!
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