2人が本棚に入れています
本棚に追加
鷹山夏美 (28歳OL)は、街で夜通し飲んでいた。
「あたーしゃ笑顔は得意、だったんら!! それを男共が寄ってたかって潰してったんら!!」
ぐるぐると回る視界には、薄ら明るくなった空が映る。
何度か転んでスーツのひじが擦り切れ、ひざには血が滲む。
「ありぇえ?」
何かに躓いて大きく視界が反転し、意識を失った。
☆
「あの、大丈夫ですか?」
誰かが夏美の肩をゆする。日はそれなりに高く昇っていた。
それは、ボランティアで駅周辺の掃除を行っている『ご当地ヒーロー』の男性だった。
「女性が酔い潰れて寝るなんて」
何度起こしても目を覚まさない女性を前に、ヒーローは毒づいた。
このままにしてもおけず、彼は町会長に声をかけ、二人がかりで女性を彼の自宅まで運んだ。
☆
「あれえ……ここは」
ズキズキする頭を抑えながら、夏美が身を起こした。
「目が覚めましたか? 路地で寝ていた貴女を、僕と町会長さんで保護しました」
「ありゃー……。それはとんだご迷惑を。で、ここは?」
「僕の家です」
「マジですか。……つつつ」
「随分飲んだみたいですね」
「まあ」
「ひざも手当てをしておきました」
「重ね重ね、ホントに申し訳ない」
「水を持ってきますね」
一般人「田宮健太(25歳)」の姿になったご当地ヒーローが台所に姿を消すと、夏美はぐるりと室内を見回した。
そこには、見慣れないヒーローたちの写真がコルクボードに貼ってあった。
掃除用具を手にした集合写真、イベントでの写真等々。
そして、ハンガーに掛かったヒーローのコスプレ衣装……。
「もしかしてご当地ヒーローとかやってんの?」
「よく分かりましたね」
台所から健太が戻ってきた。
「特撮とか好きだけど、見慣れないヒーローばっかだったから」
「そうですか!」健太はうれしそうに言った。
夏美はふふ、と声だけで笑う。
頭痛のせいか起きてからの彼女は終始仏頂面だ。
「どうしてヒーローとかやってるの? って聞いたら失礼かな」
「構いませんよ。僕は子供の笑顔が見たいからやってるんです」
何百回と作った笑顔で、定型文をすらすら語る。
「ふうん。じゃ、なんで掃除とかしてるの? 子供関係なくない?」
初めてこんなツッコミを喰らって健太はフリーズした。
「そ、それはまあ。あとは、人助けとか……」
「コスプレして、同類とつるみたいから掃除してるのかな。世間のボランティアじゃよく聞く話だからね」
と、そこまで言って健太の顔が引きつっているのに気付いた。
「あちゃー……言い過ぎちまったかな。ゴメンね」
「いえ。でも、ちょっと……図星だったので、ダメージくらっちゃいました」
健太の笑顔は痛々しかった。
「素直な人だね」
「そうでしょうか。自分ではよくわからないです」
「人助けとかしたいなら、警察とか消防とか自衛隊とか目指さない?」
「持病あるからムリでした」
「そっか。ま、人助けの方法なんていくらでもあるし」
「自分、子供の頃は放置児で。TVヒーローに助けてもらって。だから、自分がヒーローになって、子供の心が救えたら。そう、思って」
「なんつーか、目的が不明瞭だよね、お兄さん。笑顔が見たいの? 誰かを助けたいの? それとも仲間が欲しい? 誰かに求められたい?」
夏美の一言一言に、健太は追い詰められていった。
たしかに、自分は何故? 明確な理由が説明できない。
「笑ってくれる人なんてさ、一人いりゃ足りるじゃん」
「――!?」
「あたしさ、何で酔い潰れてたかって、昨日上司が地雷踏みやがったんだよ」
「どんな、です?」
「愛想がない、ってさ。あたしゃ昔は笑顔が自慢だったのに――」
しばらく夏美の愚痴が続いた。
「僕も怒られてる気分になってきます……貴女、にこりともされないんで」
「ごめん。しゃあないんだわ。でも」
夏美が両手で頬をぴしゃんと叩いた音に、健太はおどろいた。
「もしあんたが、一人の笑顔が欲しいと願うなら」
「願ったら……?」
夏美はぎこちなく、だけど全力で笑顔を作った。
「こんなんでよけりゃ、何度だって笑顔見せてやるよ。助けてくれた礼にさ」
健太はどきりとした。
その笑顔があまりにも眩しかったから。
誰かに顧みられることもなく、仮面の自分にしか笑顔をもらえなかった男が、この街に来て初めて自分だけにもらえた笑顔。
――欲しい、と思ってしまった。
「僕は」
「ムリに作ってっから、長持ちはしないよ?」
「貴女の笑顔が、欲しいです」
時間切れで表情が元に戻ってしまった夏美は、ふふ、と声だけで笑った。
「よろしくな、ヒーロー。あたしは夏美。あんたは?」
「田宮健太。又の名を――――」
健太は夏美の前で、決めポーズを取った。
最初のコメントを投稿しよう!