3 そのメルセデスには秘密がある

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『ほらな、何も無いだろうが』 チェイニーが呆れた声で言った。が、まだ俺には納得がいかなかった。清掃、か。つい最近、何か他人には見せたくないものをトランクに入れたから清掃したんだとしたら?それをチェイニーには言わなかった。代わりにトランクの中を隈無く調べた。ほんの僅かな塵も見逃すまいと思いながら。しかし、何も見つからない。つまりこのメルセデスはクレアを拐った犯人のものではないという事か。チェイニーのごつごつした手が肩にかかった。 『昼飯を食い損ねたのを思い出した。行こう。気が済んだろう』 『御供しますよ』とネッド。『俺も食べてないんです。あの酔っ払いに時間取られちゃいましたからね』 ふたりの会話も耳から耳へとすり抜けていった。このメルセデスは少女誘拐とは無関係だった事が信じられなかった。いや、認めたくなかったと言った方が正しいか。少女(クレア)を救い出さねばという焦りがあったとはいえ、偶然同じ型の車に出くわしたという可能性を完全に排除していた。俺はどうかしていたのだ。深く息をついてトランクを締めようと手を掛けた。頭をぶつけまいとゆっくり顔を上げ、そこで“あれ”が目に留まった。『何だ、これ』と思わず声が出た。チェイニーもネッドもつられてトランクを覗き込んだ。ちょうど今、俺が触れている箇所に幾つかの傷があった。何かでぶつかって出来た傷ではない。何か金属製のもので引っ掻いた様な形状だった。まるで誰かが中にいてトランクから出ようと引っ掻いた様に見えた。少なくとも俺には。チェイニーは何も言わない。黙って傷を見ていた。チェイニーも同じ事を考えているのかもしれない。 『鑑識を呼んでこの傷を調べてもらおう。これはもしかするともしかするかもしれないぜ』 チェイニーもネッドも異論は挟まなかった。この瞬間(とき)だけは。しかし警部は違った。酔っ払いの乗っていたメルセデスが少女誘拐と関連がある可能性を報告すると、警部は間を置いて言った。 『あの酔っ払いは釈放だ』と。
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