intro

1/1
前へ
/7ページ
次へ

intro

ひとりの悪党をみすみす逃がした事がある。ある日、そいつが自分のガールフレンドを意識がなくなるまで殴っていたところを私が見つけて逮捕した。相棒のジム・スカーボロウとパトロールしている最中だった。奴は酔っぱらってはいたが、自分が何をしているのかは分かっていたし、自分の名前も言えた。おまけに私とジムに会釈までする始末だ。私たちが奴を捕まえた時、ガールフレンドの顔はハロウィンのカボチャよりも大きく腫れ上がっていた。あの胃の強いジムが吐きそうになったくらいにな。奴はガールフレンドをしこたま殴ったばかりのその手で煙草に火を付けた。どうにかしてやりたかったよ。この糞野郎にガールフレンドと同じ苦しみを味わわせて路地裏に捨ててやろうか、と思ったが堪えた。今振り返ってみて思う。あの時堪えたのは正しかったのかどうか、とね。奴を留置場にぶちこんだのは良いものの、何故か奴は数時間して釈放されたんだ。当然私は警部に抗議したよ。しかし警部の返事はただ一言。この件は忘れろ、だった。釈放された奴は通りすがりに私に右手の人差し指を向けて銃を撃つ仕草をした。殴ってやろうと思ったが、ジムが間に割り込んできた。やめておけと彼は言った。私は一旦引き下がった振りをして、奴を見張ろうと思った。必ず奴はまたガールフレンドに手を出す、と確信していたからだ。だが、翌日になって私とジムは別の部署に異動させられた。警部は私と一切目を合わさなかった。奴の背後に何がいるのかは分からない。が、この不可解な出来事は間違いなく奴に関わる事だと思った。一週間後、奴のガールフレンドが死体で発見された報が耳に入った。彼女の死体は酷い有り様で、遺体確認に訪れた家族は本人を前にしても最初は彼女だと分からなかったそうだ。彼女の名前はエレノア。そう、エレノアだった。この名前は生涯忘れる事は無いだろう。今でも彼女の事を夢で見る。彼女はただ黙って私を見つめていた。それが余計に堪らなかった。何か話しかけてやらないと、と思っても彼女のあの目を見ると言葉が出ない。そんな私を彼女はただ、ただ、見つめていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加