その出会いは偶然か必然か

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その出会いは偶然か必然か

京都市左京区、高野川のほとりにひっそりと佇む観光ホテル【プレシャスイン古都】では、今日もたくさんの学生がアルバイトに精を出していた。 「……ぶえくしゅんっ!ずびー。」 ホウキと塵取りを片手に外に出た土橋正樹もその一人だ。 冷たい風のせいなのか生まれ持った鼻炎のせいなのか、よくわからないくしゃみが意図とせず出て、正樹は鼻をすすりながら空を仰いだ。 今年の冬は例年よりもよく冷えた。 空気は冷たいが、風向きは北風よりもやや暖かく冬の終わりを告げているのだと感じた。 もう春はそこまでやってきている。 正樹は大きく深呼吸して、あえて冷たい空気を体に流し込む。 体中に染み渡っていく空気を感じながら、緩んだ気持ちを引き締めた。 正樹はこの春から大学に進学が決まっている。 「春は出会いの季節だなぁ。」 誰に言うわけでもなく、無意識に口先でつぶやいた。 正樹は第一希望である地元の大学に推薦入試で見事合格することができた。受験勉強はそれなりにしたが、推薦入試は小論文と面接だったため、アルバイトを辞めてガッツリ勉強したかというと、そうでもない。まわりに流される形で予備校には行ったものの、高校在学中に始めたアルバイトは少ない勤務ながらも細々と続けていた。 自分を取り巻く環境は、大した変化もなく次の年度を迎えようとしている。 だからなのか、家を離れて一人暮らしを始める友達やこれからアルバイトを始める友達に比べて、新鮮さにおいて少し欠ける気がしていた。 「ぶえくしゅんっ!……さっさと終わらせて中入ろう。」 アルバイト先の観光ホテルの玄関先を掃除しながら、正樹はまたつぶやくのだった。
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