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倫理的病理
翌日、義兄は僕の部屋の戸を開くことはなかった。
代わりに、無傷の僕を診ている年老いた医者が、貼り付いたような笑顔で、男性看護師と共に僕の管を抜きにやって来た。彼は減っていく僕の束縛を眺める。決して、僕とは目を合わせようとしなかった。
「目も覚めて、落ち着いて来ましたし、明日の夕方には退院しましょう」
上擦った声で、看護師がそう言った。表情こそ無を呈しているが、その内心は異なるらしい。彼もまた、僕とは目を合わせない。そのように、打ち合わせでもしているらしい。
「何か、僕について、問題でもあるんですか。ここにいてはいけないような、僕と最低限の話しかしてはいけない、というような」
問いかけをすれば、看護師はビクリと肩を震わせて、少しの間の後、小さく口を開いた。
「いや、別に、何も」
表情の乏しさは、その小心さとは釣り合わないらしい。手先は細やかな仕事をしているが、その心情はコントロールしきれていない。看護師の目が、自然と病室の窓を見る。
そういえば、ここに来てからというもの、窓辺に立っていない。何より、あのカーテンが開いた覚えも無かった。
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