序章:壊れた冷凍庫で過ごす夏

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「と、いうわけだ。お前の部屋の冷凍庫、場所を少しばかり貸してくれないか」  我慢しきれずに僕が頭を下げたのは、隣部屋の住人で、学友である小清水だった。僕が言った言葉を咀嚼するように、小清水は煙草を吹かす。大学構内で唯一の喫煙室は、外気との換気が一番効率よく、他の部屋よりも涼しいため、僕達の憩いの場でもあった。 「見返りに、実家から送られてくる米をやろう」 「要らん。こっちは実家から山積みに素麺が送られてきている。寧ろお前、消費しろ。めんつゆもくれてやる」 「うちも祖母ちゃんから素麺貰うんだよ。めんつゆはくれ。いや、それより、祖母ちゃんが送ってくれるアイスが食えなくなるのは辛い。好きに食べても良いから、アイスを置く場所をくれ」  小清水はハッとほくそ笑む。じりじりと音を立てて、灰皿に煙草を押し付ける。 「駄目だ駄目だ。今、夏だぞ。俺だって自分のもので冷凍庫は満杯なんだよ。諦めて、食べるときに食べる分だけ買えよ。案外、節約になるかも」  クククっと小清水は笑う。シャツを直して、喫煙室を出た。僕はそれに着いて行ったが、何度頼み込んでも、小清水はうんと言わない。反対隣の部屋が空き部屋であることに、久しく絶望感を感じた。
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