砕けた刃

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「いらっしゃあせー」 『力堂』と書かれたのれんを押して店に入ると、50代半ばと思しき齢の店長と、アルバイトらしき青年が数人こちらへ声を張り上げた。 午後6時、店内はまだ満席と呼べるほどには埋まっていなかったため、席を確保するのは容易だった。 席につき、水とおしぼりを運んできた青年が行くのを待ってから、マスクを外す。 途端に食欲をそそる油の匂いが漂っだてきた。 僕は右手を挙げて店長を呼んだ。 「いつもので」 「あいよ」 いつもので、で通用する仲になったのは、会社に入社したころからだった。 学生の頃から、定番メニューは唐揚げ定食だったのだ。 夜中、ゼミの講習で遅くなった日などには必ず寄って帰っていたのだ。 (あの頃は良かったなぁ) 趣味が軌道に乗って、盛大に調子に乗り様々なことに情熱を注いでいたあの頃が、自分の人生の絶頂期だったのではないかと考えている。 世間が酷くたやすいものに映っていた。 この自分がやれば、できないことなんて何一つ無いんじゃないかと本気で思っていたのだ。しかし、人生は上がり坂ばかりとは限らない。そのあと自分に起きたこと良いことと言ったら、承認欲求が満たされたということぐらいだろう。 富も名声も、持ちすぎると途端に毒となる。 世の中そんなに甘くない。そのことを、26歳にして再び痛感した。 料理は、自虐のネタも尽きてくる頃に運ばれてきた。 箸を割り、まずは味噌汁から平らげた。いつもと何も変わらない絶品だ。僕は満足しながら、メインディッシュにも口をつけた。こちらも同様であった。 ふと、店内に設置されたテレビに顔を向けると、とある殺人事件についての報道が流れていた。 こんな時に殺人か、と思いながらも目を離さずにいると、その事件は自分が知っているものであると気がついた。 『連続幼女誘拐殺人事件』 約10年前に、日本中を震撼させた極悪事件についての情報であった。 罪人、久里山晶による被害者遺族の心境は…などといった、すこぶる暗い内容であった。 故に、店内でも目を向けているものはほとんどいない。 僕は、このような内容の特集は、是非とも深夜帯にやってもらいたいと切実に感じた。 この時間帯は、子供向けのアニメ番組でも流していた方が需要があるのではないかと密かに思っている。 世の中の不浄を語るのも良いが、娯楽を追求する方が作る側も試聴側も嫌な思いはしないだろう、と。
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