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その日家に帰ったのは7時前、いつもよりも1時間ほど早い帰宅だった。食事はもう済ませていたため、母親に風呂を沸かすように伝えてから自室に上がった。
約50坪の土地に建つ一軒家の二階の角部屋。
そこの窓から見える、通っていた小学校のくたびれた校舎は見えても、東京タワーが見えるほど開放的でない景色は、僕が生まれた時から変わらない。
駅から遠く、東京都に存在するものの田舎臭さがにじみ出るようなこの街に、ビルの新建設の予定は無いし、これからもきっと出ないだろう。
つまり、僕がこの家を出ない限りは、きっと変わり映えしない毎日なのだろうなと、密かに自分の人生に落胆する。生憎配偶者の候補もなければ、新居を建てられるほどの貯金もないのだ。
いや、手元にないというわけではないのだが、手を付けるのには抵抗があるのだ。
唇を噛み締めて、視線を本棚の方へ移動させる。
五段に分けられた質素な本棚には、幾多の文庫本と漫画本が入り乱れるように並んでいる。
僕はその中から一冊の本を引き出した。
『君と夕焼け』
これは昔僕が執筆し、大ベストセラーを記録した小説だった。
しかし、決して誇るべき物ではない。これによって得たものよりも、失ったものの方が多かったのだ。
大手出版社が手がける新人賞に、審査員特別賞を受賞してから世界が一変した。
映画化や海外出版が続々と決定していき、作品とともに自身の知名度も底上げされて、どこへ行っても賞賛の嵐だった。まだ学生だったこともあり、取材陣がキャンパス内にまで押し寄せてくることまであったほどだった。
初めはそれが誇らしかった。世界中の人に認められ、尊敬されているのだと実感し、常に心も体も高揚していた。
毎月口座には使い切れないほどの巨額の収入が入金されていたため、調子に乗って焼肉や高級寿司などを仲間に奢るようになっていった。
それは楽しかったし、自分のおかげで皆が喜んでいるとわかるのが嬉しかった。しかし、大学生内の交流ツールは狭いもので、僕と仲良くすると奢ってもらえるという噂が立っていき、次第にたかられるようになっていった。中には、金自体を借すように頭を下げてきたものもいた。渋々借したものの、返ってくることはなかった。
そんなことが何度も続き、僕は軽い人間不信に陥って、大学は単位ギリギリで卒業したのだ。
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