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今日、同期で唯一、僕と同じに出世の可能性が限りなくゼロに高かった田所が、社内で表彰された。
『永年勤続賞』
入社して早3年、一度も遅刻欠席なしの皆勤賞を取ったものに与えられる賞状であり、無能な僕が唯一貰える可能性があった賞であった。
いや、実際には貰えるはずだったのだ。週末、田所と飲みにいった際も話していた。
「俺らは一端の無能だけどさ、無能なりに頑張って行こうぜ!」
「無能なりに、かぁ。もういっそ転職した方がいいのかねえ。翻訳系とか行ったら、人生一転したりして…ないか」
「だからって、何の実績もないまま辞めるのはどうかと思うぞ?皆勤賞だけでもかっさらってこうぜ!」
そう語り明かしながら夜中のみ倒して、二日酔いになったことをしっかりと覚えている。
しかし、その身の程をわきまえたつもりの目標は、その三日後には儚く砕け散ったのだった。
母、秋戸真波が交通事故を起こしたという知らせを聞いて、その日はやむなく早退せざるを得なかったのだ。
タクシーを捕まえて、文京区から約50キロ離れた八王子へ、小一時間ほどの時間をかけて向かった結果は、家族が心配して駆けつけるほどの規模のものではなかったのだ。
心配して損した、という感情と被るようにして、皆勤賞を逃してしまったという落胆が襲ってきたことは、今思い返すだけでも心にくるものがあるほどだ。
そして今日、追い討ちをかけるように田所は表彰された。普段はほとんど関わりがないような者に肩を叩かれて同情され、薄ら笑いを浮かべられながら励まされた。
(勝手に馬鹿にしていろ!こんな会社、辞めてやる)
僕は心中でやけくそになり、田所含め周囲の人間をノックアウトする妄想をしながら、なんとか胸糞悪さを残しながらも今日を終えたのだった。
この件に関して、悪い人なんてどこにもいない。
田所だって、会社の同期たちだって、もちろん僕自身だってそう悪いことはしていない。
全てはタイミング、即ち間が悪かっただけなのだ。
会社の帰り道、珍しく残業がなかった今日の空は夕焼けだった。
それを見ながら、感傷に浸る時間も悪くないと思った。
しかし、ずっとこうしているわけにもいかない。
「よしっ」
僕は頬を挟むように叩いて、気合を入れ直した。
そして、傾く太陽とは反対の方向へ歩き進む。
悩んだ時はあそこに限る。
僕は大学生時代からの常連の定食屋へと向かいだした。
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