山賊狩りの泣き女

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「そいつは…アーロンなんて名前じゃない…」  槍を持って後ろに控えている、リーダーの男が言った。 「彼の名前はアーロンよ。あなたたちにはアランと名乗っていたけれどね。エグムント?」  私が事実を槍の男、エグムントに教えると、彼はびくりと震えた。 「エグムント・タールベルク。帝国軍の脱そ…」 「おいっ!一斉にかかれっ!!」  エグムントの悲鳴のような号令に三人が動いた。  一番前に構えている素手の男が懐に飛び込んでくる。剣に対して距離を詰めて対応するのは本来なら正しい。  私には意味がないけれど。  顔面を狙ってきた拳を避けながら左の剣を横から抱き寄せるように振るい、柄の端に指をかけて折りたたむように剣先を走らせて背後から左膝の腱を斬って離れる。  何が起きたかわからない顔で一瞬足を止めた後ろふたりにとんとんと軽く間合いを詰め、剣を持っている男の右手の小指と薬指の間の腱を突き裂いて即座に体ごと剣を引く。  私の剣に握るための柄はなく、受けるための鍔もない。これは指先で加速と変化を操るためのものだ。敵を殺すのに力は必要ない。鍛えようのない部位をただ傷付けてさえいればひとはいずれ死に至るのだから。そしてそれに特化した私の懐は安全地帯じゃない。そこは背中を晒すも同然の死地だ。 「ベンジャミンとセドリック。王国軍国境警備隊の敗残兵」  痛みで動きの止まったふたりを見下ろすように告げる。 「五年前の小競り合いで部隊が壊滅して帝国領から戻れなくなったのね。当時の国境警備隊長が欲を出して威力偵察なんてしなければ…欲に駆られて見つけた村で略奪なんてしなければ、今頃こんなところにはいなかったでしょうに。そして…」  私はエグムントを見る。ふたりの素性を聞いて、最初に素性を隠そうとした彼が一番混乱していた。 「そしてあの略奪が無ければ、故郷を奪われたエグムントがパニックを起こして暴走し、脱走兵として扱われることも無かった」  三人ともが顔面を蒼白にして地面を見つめていた。 「あなたたちが出会ったのはそれから二ヶ月もあとのことだから、お互い元兵士になんて見えなかったでしょうね」  ひとりの人間の欲望が多くの人の運命を狂わせ、この皮肉のような組み合わせを生んだ。 「可哀想に」  心からの言葉だ。運命に翻弄され、荒んだ生活にいつしか自分の不遇を悲しむことすら忘れてしまったひとたち。  私の頬を涙が伝う。自分たちのために泣けない悲しい彼らのために。
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