知己

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巳宮(みのみや)さま、昨晩は十分にお休みになられましたか。あのような粗末な部屋しか提供できず、大変申し訳ありません」 「敬行(けいこう)さま、私は既に皇家より外れておりますので、そのようにしないでください。粗末だなんて、急に押しかけた我々に部屋をお貸しくださったことに感謝してもしきれません」  早朝、まだ薄明かりの空の下、(しきみ)と一人の高僧がいた。高僧の顔に刻まれた皺はその老齢を表しており、かつての若き修行僧の姿はない。 「慣れないので巳宮さまと呼ばせてくだされ。前にお会いした時はまだ尊い方でありましたから」  樒は困ったような顔をしたが、老僧を前にそれ以上何も言わなかった。樒は(きょう)国の言葉に多少通じており、以前至国寺(しこくじ)の僧だった敬行と会ったことがある。あれから十数年、修行僧は至国寺の高僧となり、皇子は一介の従者となった。  老僧は細い目で隣に立つ若者を見やる。かつて皇子の中でも一際聡明で勤勉だった彼は、臣籍降下した後の今でもその理知さを失ってはいない。以前一度だけ泰国へ渡った際、寡黙で慎ましい皇子は夜になると必ず人目を忍んで教えを請いに自分の元に訪れてきたものだ。 「…ところで殿下方はいつまで梗へいるおつもりですか?庚宮さまはずっとこちらへいるわけにもいかないでしょう」 「それが、長居するつもりのようなのです。陛下もまだお元気なことですし、しばらくはこちらに居候させていただくことになりそうです」 「そうですか。では老爺も旧知の知り合いと歓談するとしましょう」  樒はその言葉に敬行を見て、二人は思わず笑みが溢れた。 「私はしつこい教え子ですから、敬行さまを再び困らせることでしょう」 「あまり老体に鞭を打たないでください。けれど十数年ぶりにお会いできたのですから、その分びっちりお教えしましょうぞ」  鳥は囀り、若い僧たちが箒を掃いて庭を手入れしている。寺の朝は非常に静かなものだった。
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