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知己
「宮様!」
ぴしゃり、と樒に一喝された多聞は母親に厳しく叱られる子供のように小さくなって正座していた。
「なぜ動かないように言ったそのすぐ後にどこかへ行ってしまわれるのです」
「すまない、つい…」
「言い訳は不要!」
樒の一声に、多聞はさらに小さくなる。
「…叔父上、もう世話になる寺に着いたのであるし、そのような大きな声を出されずとも」
「私はとうの昔に臣籍降下した身ですので叔父などではありません。そのように呼ばないでください」
樒は巳宮、つまり帝の弟だったが、十五年前に突然臣籍降下をし今では甥にあたる多聞の従者をしている。多聞は巳宮時代の樒とも面識があり、今では信頼できる従者でもあるが、幼い頃から親しみ慕っていた叔父でもある。
「宮様、次また勝手な行いをなさったら即座に晋へ連れ戻させて頂きます」
そう言い終えると樒はてきぱきと寝所の整理をし始める。多聞はお忍びとは言えど晋の皇子であるため、色々な手回しもあって永安にある至興寺にしばらく世話になることとなっている。
「準備が整いましたので、お休みください」
横になってしばらくすると、部屋の灯りを消した樒の遠ざかる足音が聞こえる。
晋の宮のものより遥かに薄く固い寝台に少し綿が詰められた掛け布団。多聞は慣れない寝具もあってなかなか寝付けなかった。
「…さい、殿」
つい昼間偶然出会った美丈夫の名を口にする。それだけで一気に胸が騒ぎ、全身が熱を帯びた。
「…どのような字なのだろう」
どきどきして、多聞はなかなか寝付けなかった。
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