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春風招くは紅葉の葉
春の麗らかな風とともに、出会いと別れはやってくる。咲き誇る花々は出会いを華やかに彩り、静かに流れる微風は別れを惜しむ。
木の窓枠をすり抜けて室内に舞い込んだ桃の花を見て、男は手にしていた筆を置いた。
「もう春が来たのか」
ほのかに香る花を手に、男は窓の外を見る。少し前まで白い雪が覆い被さっていたというのに、今では花が咲き誇っている。
「桜はどうなっているだろうか」
男は侍女が渡した外套を羽織り、襟元を少し正した。
「殿下、今日はせっかく陛下から頂いた休日ですし、邸に戻ってお休みになられては?」
宮殿を出ようとする男に、後ろから声をかけた侍従の顔には疲れが表れている。男は少し考えた後、首を横に振って宮殿の外へ歩み出した。
「遠志、お前は休め。私は少し街へ出てみる。せっかくの休日だからな」
遠志と呼ばれた侍従の男は小さくため息をつき、男を小走りで追う。
「殿下がお休みになられるなら、私も思う存分ゆっくりできるんですけどね」
それもそうだな、と笑う男は手にしていた桃の花を手放し、空を見上げる。雲ひとつない美しい春の一日であった。
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