■相原編3:回想 ※相原視点

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■相原編3:回想 ※相原視点

 相原知治は、幼い頃からずっと親に過度な期待を受けて生きてきた。  幼少期から習い事づくめの毎日。  弁護士の両親は『頭の良い人間が、世の中で勝つ』というのが信条で、とにかく相原の知力を伸ばしたがった。  知能教室にそろばん、そして塾。部活をすることだけは許されたが、基本的にはいつも勉強ばかりの子ども時代だった。  相原は、そんな両親の期待に応えるべく必死で努力した。  成績が上がれば褒められた。とても嬉しかった。  成績が下がると呆れられた。とても悲しかった。  両親が見ているのはいつも結果で、それが出ないと失望された。両親から「こんなこともできないの」と冷たい視線を向けられることは、子どもの相原にとっては天地を揺るがす大事件だった。自分のアイデンティティが崩れてしまう。そんなことはあってはいけない。  ずっと期待に応え続けないと、認めてはもらえない。  一番であり続けないといけないし、勝負には勝ち続けないといけない。  そういう意識で生きてきた。  それが窮屈な生き方だと気づかせてくれたのが、望月沙和だった。  高校の教室で初めて出会った時の印象は今でも覚えている。 (顔と髪のバランスがすこぶる悪い……)  当時の沙和は、前髪がものすごく長くて目を隠しそうなほどだった。これでは顔つきがよくわからない。ほんの少し切ればもっと視界が開けるだろうにと、他人事ながら彼女の視力を心配したほどだ。  そして同じ部活になって話す機会が増えるうちに、新しい認識が増えた。  彼女はとても頭が良かったのだ。  学校の成績で言えば彼女は平均的であったが、広い視野と多角的に物事を分析する能力があった。  それは主に部活動の時に発揮されて「○◯くんの守備は、右方向の打球に弱いよね」「◯◯先輩は平行カウントになると、いきなりせっかちになるよね」など、相原でも気づかなかった選手の特徴をよく見抜き、その後は必ず「私思うんだけど……」と彼女なりの改善案を相原に話してくれた。  選手じゃない分、机上の空論になってしまっている時もあったが、それでもほとんどの場合、彼女の言葉は相原に新しい見方を与えてくれた。  そして野球の戦術にも興味があるようで、よく監督とその話をしている姿も見た。頭のきれるマネージャーがいることは、チームにとってもプラスでしかない。  個人的にも、相原は沙和を好意的に思っていた。    だから沙和の趣味がゲームときいて、相原はそれにとても興味を持った。彼女を形作る源泉を知りたかったから。  試しに見たいと言ってみると、意外にも沙和は屈託なく「どうぞ」と家に招待してくれた。それ自体も驚いたのだが、沙和は何も考えてはいないようだった。両親は仕事でいないと言われ一瞬胸が騒いだが、沙和があまりにも平素と変わらないから、相原もそのざわめきをなかったことにした。  心のコントロールは、得意だった。  沙和が見せてくれたのは『三國志』を題材にしたもので、まさに戦略が肝となる奥深いゲームだった。自国の領土を広げていくためには、軍備を整えなくてはならない。そのためには国自体を豊かにして、お金や人材を揃えないと始まらない。様々な要素が全て絡み合って、一つの目的へと収束していく。   (望月がいろいろな視点を持っているのもわかる気がする……)  聞けば小学生の頃からずっとこういう類のゲームをプレイしてきたそうだ。彼女自身の特性もあるかと思うが、きっとゲームからも養われたものがあるのだろう。 「そろそろ攻めようかなぁ」  のんびりとした声でつぶやきながら、沙和は大所帯の軍隊を編成して訓練を施している。その一方で、遊撃隊を作ってターゲットの城近くの堤を攻撃したりしていた。(これをすると治水に大きなダメージを受け、兵糧や士気に関わるのだそうだ)  その手腕に相原はこっそり舌を巻く。そして、目が離せない。  思った以上に相原は、沙和のプレイに夢中になっていた。 「あ、やっと曹彰(そうしょう)がきた」  ある画面に切り替わった時、ぽつりと沙和が嬉しそうに呟く。そこにはいかつい大男のグラフィックと「これから役に立ってみせます!」と言ったようなメッセージがあった。 「曹彰? これは?」 「あのね、曹操(そうそう)の息子。大人になって加勢しにきたの」 「へえ」 「ちょうどいいタイミングだなぁ」  沙和は早速その曹彰を軍部に加えて編成を始めている。それを眺めながら相原はふと最近自分の身に起きた両親とのいざこざを思い出した。  高二の夏を終えたのを契機とみたのか「もうそろそろ野球部は辞めて、受験勉強に専念した方がいい」という両親からの苦言が、相原の胸に暗い澱となってたまっていた。
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