■相原編3:回想 ※相原視点

2/2
前へ
/100ページ
次へ
 彼らの中では、相原が弁護士を目指すことは既定路線で、まるで疑いも持っていない。  相原自身も法学部を目指すつもりではあったが、いざ改めてそれを言われるとどこか重苦しい気分にさせられた。 (なぜ俺は……)  自ら望んで親の期待を背負っているつもりでいた。  そうすれば自分の人生は安泰だとわかっていたし、両親の仕事を尊敬する気持ちもある。  問題なんて何もない。  けれど、どこか引っかかる。  その時の相原はそれが何なのか見出せずにいた。   「この時代は、息子が親を追いかけてくるのは当然のことなんだな」  だからついゲーム内のキャラクターに自分を重ねてしまった。  相原のコメントに沙和は目をしばたかせたが「そうだねぇ」と普段通りの声音で答える。 「まあ、みんながみんなそうだからね。価値観が一つしかなかったんじゃない?」  ゲームシステム的なものもあるかもしれないけどね、と沙和は笑う。 「でも今はいろいろな道を選べるから、やっぱり良い時代だよね。私三國志の世界に生まれてなくて本当によかったよ」 「いや、そもそも国が違うだろう」 「そうだけどさ! 戦国時代とかも無理。とにかく、自分の自由に生きられない時代は無理」  沙和の物言いがなんだかおかしくて、相原は吹き出した。 「望月はよっぽど自由が欲しいんだな」 「えー? いや、まあ人並みにね。例えば親から勧められた大学とかあるけど、そこじゃなくて自分の気になる大学に行きたいとかさ」 「望月の親はどんな大学に行ってほしいって?」 「潰しのきく学部だって。とりあえず文学部は絶対ダメとか言ってる」 「……望月は文学部志望?」 「そういうわけじゃないけど。でもちゃんと自分で納得したところに出願したい。だって通うのは、親じゃなくて自分だもんね」 「……そういうものか」  沙和は相原のコメントに不可思議な表情を見せたが、すぐにハッとした表情で「そっか。相原は法学部目指してるんだっけ。ご両親のあとを継ぐんだよね?」と聞いてきた。 「……ああ、そのつもりだ」  一瞬の間が、おそらく自分の迷いのあらわれ。  それに気づいたのは、相原だけではなかった。 「あのさ、相原は気づいてないだけなんじゃないかな」  沙和がおずおずと切り出してきた言葉に、相原は首をかしげた。 「多分、法律以外にも、相原の中にやってみたいこととか学びたいこととかあるんじゃない?」 「なぜ?」 「……なんとなく。ていうか、もったいないと思うんだよ」 「もったいない?」 「うん。相原は確かに頭もいいから、法学部行って弁護士になるのも似合うと思うんだけどさ。なんか別の道もあるんじゃないかなーって」 「別の道?」  しばらく見つめ合う。沙和はまだ何か言い足そうにしていたから、相原は辛抱強くそれを待った。 「……ご両親の期待に応えるのも大事だけどさ、相原は相原なんだよ? 他の選択肢も見てみるのもいいんじゃないかなーって……あ、いや、ただの主観的な感想というか」  なんか偉そうに言っちゃってごめん! と沙和は慌てて言いつくろうと、さっさと一人でゲームに戻ってしまった。  言いすぎた、どうしよう、とその横顔に描いてある。  対して相原は、沙和の言葉の意味を噛み砕いて……一つのことに気づく。 (そうか……俺の進路なのに『俺の』視点がなかったということか……)  両親の願いを叶えたいと思う気持ちは嘘じゃない。  幼い頃から刷り込まれた相原の生き様であるから。  けれど、沙和の言葉は相原の胸に浸透して新しい色を生み出すようだった。 「……ありがとう、望月。よく考えてみる」  静かな相原の言葉に、沙和は再び相原に顔を向けると、はにかむように微笑んだ。  ぽんっと花が咲いたように見えて、相原は何度も瞬きをする。その様子を見た沙和が「どうしたの、目にゴミ入っちゃった?」とまた笑った。今度は相原の心の中で、小さな花が開いた。 (……ああ、そういうことか)  相原も微笑んだ。  それが、彼が沙和を好きになった瞬間だった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

386人が本棚に入れています
本棚に追加