■相原編4:過去と現在

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 ◆  言われて、沙和はなんとなくだが思い出した。  友達にずばりと切り込まれたから、焦って恥ずかしくて、つい否定してしまったことがあることは覚えていた。  シチュエーションや時期などはまるで覚えていないけれど、おそらく相原の遭遇した場面で間違いはないだろう。 「……多分、照れ隠しでそう言っただけだったと思う……」 「だろうな。俺も後になってそうかもしれないと思った。……望月が、俺の彼女を見てすごくショックを受けた顔をしていたから」 「あー、そうだよね。私もそれは覚えてる。びっくりして、それがそのまま顔に出ちゃったの」  相原の目にはほんの少しの後悔が見えた。おそらく沙和自身も同じような目の色をしている。  ただ、それがわかったところで、どうしようもないことだ。 「その節はごめんね」 「いや、別に謝ることはない。たったそれだけで判断を覆した俺も、幼かったんだ」  高校生なんて、見えているようで何も見えていない。  相原は苦笑いして、わざと軽い口調で言ったようだった。 「……あと、相原が大事にしてたっていう私からの言葉(・・)って何?」  そちらの方はてんで思い出せない。  相原を喜ばせるような言葉を言ったということなのだろうけれど、なんだろう?  好きだという気持ちをほのめかせるようなことを、つい言ってしまっていたのだろうか。  相原はそれを教える気はないらしく、ゆったりと首を横に振った。 「それは自力で頑張ってみてくれ」 「……ノーヒント?」 「そうだな……ヒントは、あの日。俺が望月の家に行った日のことだってことかな」 「わかった。考えてみる」  相原の心に残り続けるほどの名言なんて言った記憶はまるでない。あの日はひたすらゲームの話をしていたような……。 (お、思い出せる気がしない……)  自信なんてさらさらないが、とりあえずやってみるしかない。  せめてもう一つヒントがほしいなと沙和が相原を伺うと、ちょうど視線があった。相原の眼差しは優しく、沙和を見えない何かで包み込むようだ。そんなふうに見られると困る。どんな顔をして応えればいいのかわからない。 「ずっと……望月のことを忘れたことはなかった。何かあると、もしここに望月がいたら何て言うだろうって想像して……。そうすると不思議と広い視野で問題を見られるようになるんだ。自分だけの視点じゃ見えなかったことに気づけることが多かった」 「……相原は私を買いかぶりすぎだよ。私、そんなふうに達観した物の見方なんてできない」 「そんなことないさ。いつだって望月の視点は、俺には新しいものだった」  沙和が相原を高嶺の花だと少し距離を置いて想っていたように、相原も沙和のイメージを脳内で創り上げていたのかもしれない。   (お互い幻想を想っているなんて、ある意味私と相原は似てるのかもしれない)  もしも、もう少しだけお互いをまっすぐに見ることができたのならば、何かが変わっていたのだろうか。  一瞬だけ浮かんだものを打ち消すように、沙和は頭をふった。   ◆  週があけて月曜日。椎名から満を持した面持ちで連れ出され、その日のランチは会社から少し歩いた場所のイタリアンでとることになった。駅から反対方向にある店だし、混雑する時間帯を避けたため、店内はほどよい賑わいで済んでいた。  お互い『本日のランチ』のたこのペペロンチーノを頼み、ニンニクの香り漂うテーブルで沙和はかいつまんで椎名に事情を説明した。   「……それって惚気ですか」  伏せるべきところを伏せたせいで、椎名は沙和を『束縛のきつい彼氏にちょっと困っている』という状態だという認識を持ったようだ。「聞かなきゃ良かったなぁ」と呟きつつ、そのつぶらな目をしょんぼりと伏せる。 「惚気のつもりはないんだけど……」 「いや、付き合ってるって時点で俺には十分に惚気です!」 「付き合ってる……のかなぁ……」 「なんですか、その自信のない感じは。一緒に住んでるんですよね?」 「……う……ん」 「好きなんですよね?」 「……いや、そこはちょっとグレーゾーンというか……」 「なんでグレーなんですか。……まさか望月さん、流されてなあなあに同棲始めちゃったんですか!?」  ものすごい剣幕に気圧されつつ沙和が「……まあ、うん」と答えると、椎名はこれみよがしに「勘弁してくださいよ……」と落ち込みをみせる。  フォークにパスタを巻きつけながらうなだれている椎名に「大丈夫?」と気遣うと、椎名は恨めしげな目で沙和をねめつけた。
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