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詰問口調で問いかけられ、いよいよ沙和は言葉に詰まった。なんでという質問に対しての答えは『写真を撮られたから』の一言に尽きるのだが、それを言ったら壮太はどう反応するだろう。
(修羅場になる……絶対……)
「そんなに相原のこと好きだったっけ? いつから? 俺とヤッてる時も、相原のこと考えてたの?」
「そんなことっ……」
矢継ぎ早に責め立ててくる壮太からは、普段の飄々とした雰囲気は消えている。今はただ炎のような怒りが噴出していて、それをまっすぐにぶつけられた沙和は、ただ唇をかんでうつむいた。
激昂している相手には何を言っても届かないことは、身にしみて知っている。
今は何を言ってもきっと壮太の怒りは鎮まらないし、現状を理解してもらえるとも思えない。
「沙和……答えてよ。相原のこと、好きなの?」
先ほどから強く掴まれたままの手首が痛い。
好きだ、なんて言いたくない。
けれど否定もできない。
(……今の状態を、自分で説明できない……)
ひたすら目を合わせようとしない沙和の態度に、壮太はそれを答えと受け取ったようで「……なんで否定しないの」と呆然としている。
嘘じゃない。けれど真実でもない。
正直になるためには、沈黙しか選べない。
その選択に沙和自身も悲しくなったけれど、沙和は手首をつかむ壮太の手にそっとあいている方の手を重ねた。
「……ごめん」
手を外そうとする沙和に対して、壮太は抗うようなそぶりをみせたが、結局沙和の希望を叶えた。信じられないとその表情がいっている。
「私……行くね」
沙和の言葉に壮太は何も反応しなかった。ただ視線だけで彼女を見送ると、顔を伏せる。沙和はもう一度唇を噛み締めてから「……じゃあ」と壮太に背を向けた。
もしも、もっと上手に伝えられたら。
もしも、壮太が冷静に話を聞いてくれたら。
沙和は振り返ることなく歩みを進める。壮太が追いかけてこないだろうことは、わかっていた。だから迷いなく駅までの道を大股で歩きながら、頭をまわるのは『もしも』と『なんで』の二つ。
自分の迷いも、相原の二面性も、今の状況も。何もかもひっくるめて壮太に話せたら、きっともっと楽になれた。
壮太に『何やってんのさー』と軽い調子で諌められて、その後真面目な表情に戻った壮太に『じゃあどうすればいいのか考えようか』と助け船を出される。
そんな場面が容易に浮かんでしまって、沙和はこみあげる涙を抑えるのに苦労した。
(なんで……言えなかったんだろう)
壮太に会えてホッとした瞬間の気持ちだけがやけに空々しい。沙和はそれを振り切るように、勢いをつけて改札を通り抜けた。
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