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とりあえず行こうと促して、二人で駅までの道を歩き始める。またこの間のように脇道にそれようか迷ったけれど、先に壮太に「ちょっと落ち着いて話したいんだけど、どっか入る時間ある?」と言われてしまった。
相原にばれたら明らかにアウト。
そうは思ったけれど、沙和は「じゃあ駅の反対側に行こう。そこなら会社の人とも顔合わせないし」とうなずいた。
壮太には、きちんと話さなくてはいけない。
胸の内を。そしてこの状況を。
たとえ、理解はされないとしても。
駅構内を通って、反対側の出口を出るとすぐのところにファーストフード店とコーヒーショップ、そして定食屋がある。もちろん居酒屋もあるけれど、そこは今日はやめておきたい。
沙和がファストフード店を提案すると、壮太から返ってきたのは「コーヒー飲もうよ」という返事だった。
「え、またコーヒー飲むの? いいの?」
「いいよ。俺好きだし。大人のしっとりした話は、コーヒーショップが似合うでしょ」
壮太が普段通りに茶化した言い方をするから、沙和もつられて「何それ」と笑った。どこかぎこちなかった空気が少し和やかになり、コーヒーショップに入ってもそれは消えることがなかった。
「俺、冷静になって考えてみたんだけど」
お互いアイスコーヒーを買って、二人がけのテーブルに向かい合う。壮太はブラックのまま一口飲んだ後、沙和の顔をまっすぐに見つめた。
「沙和さ、もしかして……相原に弱みでも握られてるんじゃないの?」
大正解だ。
けれど沙和はすぐには肯定せずに「なんでそう思うの?」と聞き返した。
「……沙和ってあんまり自分の領域から出たくないタイプじゃん。いくら相原のこと好きって言っても、そんなすぐ同棲なんて始めるかなぁって思ったんだ」
どう? 当たってる?
なぞなぞの正解を待つような好奇心いっぱいの視線を向けられ、沙和は苦笑で応えた。
多分壮太は確信を持っているはずだ。
沙和が否定しない段階で、既にそうだったに違いない。
「もしそうだとしたら、なんか納得できるんだよね。相原のめちゃくちゃな束縛に沙和が従ってることも、俺と連絡とらない理由も……」
ここまで、パーフェクト。
沙和はこっそり壮太の推理力に舌を巻いて「……さすが」とだけ答えた。
「やっぱり」
壮太は嬉しそうに笑うと、急に表情を引き締めて「……この間、沙和のこと責めたりして、本当にごめん」と頭を下げた。
「いや、いいよ。私も壮太には本当に申し訳ないと思ってた。でもどう言ったらいいかわからなくて……」
「うん」
「壮太に……迷惑もかけたくなかったし」
「何その変な遠慮。そんな仲じゃないでしょ? 俺たち」
「うん……そうだよね。そうだった」
あははと笑ってみせると、壮太も呆れたような微笑みを見せた。
「それで、何使って脅されてるの?」
「……写真」
「……やっぱり」
「やっぱり!? なんで!?」
「え? いや、だって、女を脅すのに写真ってメジャーな手段でしょ?」
「い、いやいやいや……そんなことないでしょ……常識じゃないよね!? 違うよね!?」
焦る沙和に、壮太は口の端だけをあげた。
「もちろん常識じゃないけどさ。でも世の中にはそういう奴もいるってこと」
「う……ん……」
「それってスマホで撮られたの?」
「うん。でもノートPC持ってるし、もしかしたらそっちにもあるのかな……」
「ふうん……」
壮太は真面目な表情で黙りこみ「……今はまだ思いつかないけど、何かできることがないか考えてみるよ」と言った。
「ちょっと物騒になってもいい?」
「そ、それはダメ」
物騒って、何するつもり!?
と沙和が目を白黒させると「いやそれもまだわかんないけどさ。別に暴力とかじゃないよ? 俺喧嘩弱いし」と壮太はのんびりしている。
「社会的制裁とかそういう系」
「だ、だめだめ!」
壮太の提案に、沙和は青くなって否定した。
社会的制裁をするということは、相原の今の居場所を失わせてしまう可能性がある。彼の仕事や両親への思いを知った今、それを進んでしたいなんて思えない。
「だめ? なんで? 普通にひどいことされてるんだし、例えば会社にチクるとか……」
「だめだってば!」
沙和の剣幕に壮太は驚いた様子で目を見開いた。ついでに、店内の他の客たちも沙和を振り向いている。
顔に血がのぼるのを感じながら沙和は「……そういうのは、嫌なの」と低く呟いた。
「別に大ごとにしたいわけじゃない」
「……確かに、こういうやり方をするには沙和の方にも相応の覚悟は必要だけど……でも、頑張れない? 沙和だって今の生活は嫌なんでしょ?」
壮太の質問に沙和は、力なく首を横に振った。
「わからない……。自分でも決められない」
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