■相原編7:衝突

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■相原編7:衝突

 もうだめだ。  沙和はベッドで死んだように眠る相原の顔を見下ろして、確信した。  あの後ベッドに移動して貪り合うように二人で一気に上り詰めたあと、相原は糸がきれた人形のように眠ってしまった。疲労が極限状態に達したのだろう。沙和が声をかけても何の反応も示さない。 (相原が……愛しい)  のらりくらりと逃げていた気持ちに、ついに向き合う時がきてしまった。  相原の優しさに絆されて、  相原の孤独に同情して、  相原の努力に寄り添いたくて、  いつしか自分に根付いた相原への情が、あの夜の仕打ちと彼の手にある画像の負債を超えてしまった。  相原の思惑通りだな、と沙和は自嘲する。  きっと彼はこれを狙って、沙和をそばに置いていたに違いない。  沙和の過去の想いと現在の想いを知っていて、勝算があったから画像を元に脅しをかけた。最初は嫌々だとしても、そのうち自分に気持ちが向くだろうと予想して。 (まんまと私は引っかかったわけだ……)  そう思うと悔しい。  簡単に絆されてしまった。  まさに壮太の言うとおり、毒されたと言った方がいいかもしれない。  でも……心のどこかで、認めてスッキリしている自分もいた。  自分の心がはっきりしたならば、とるべき行動は見えてくる。  沙和は強い意思を宿して、シャワーを浴びにいくことにした。  ◆  相原が起き出したのは、夕暮れを過ぎて日が傾いた頃だった。目覚めたら夜になっていることに相原はきょとんとしていたから、沙和はそれを笑い、夕食に作っておいたカレーを出した。 「カレーは鶏肉が一番美味しいっていう噂を聞いたの」 「へえ、それは初めて聞いた」 「でも別に相原が豚とか牛が好きなら、次はそれで作るよ」  沙和の言葉に、相原は不意をつかれたように目を見開いた。何度か瞬きをして沙和を見つめた後にゆったり微笑むと「いや、これでいい。鶏肉は好きだから」とカレーをすくった。  和やかな夕食が終わると、片付けは相原がした。  余ったカレーを別の小鍋に移す姿が新鮮で見ていると、相原が少しだけ耳を赤くする。 「あまり見過ぎないでほしい」  彼の辞書に照れるという言葉があったことに驚いて、沙和は笑った。じゃあ片付けはおまかせしますとリビングに引っ込み、ゲームを始める。カラフルなゲームは少しずつ進めていて、今は大陸の半分くらいを納めるくらいには領地が広がっていた。 「随分とまた進んだな」  片付けを終えた相原もやってきて、沙和の隣に腰掛ける。それから何を思ったか、沙和の背後にまわってまたぐように座ると、後ろから抱きしめた。  お腹の前にまわされた相原の腕に一度だけ手を重ねた後、沙和は再びコントローラーを握る。  何から何まで甘い時間に酔いそうだ。 「そういえば、望月は夏休みは決まってるのか?」  言われて沙和は、七月に入りそろそろ夏休みの申請をしなくてはいけないことを思い出した。 「多分、お盆の週かな。微妙に納期が決まってない制作物があって、それ次第でずれこむこともあるけど。……相原は?」 「俺もお盆」  そうか、夏休みか……。  去年は何をしてたっけ。と思い出して、確か新作ゲームが発売されたので、めいっぱい使ってプレイしていた。おそらく今年も大して変わらない。そろそろまた新作をチェックしようと考えていると、背後から「もしよければ旅行にでも行かないか」と提案があった。 「旅行……?」 「興味がなければ構わないが」  相原の誘いに沙和は少し考えるそぶりをしたが「……ごめん興味ない。家が好きだから」と答えた。これは沙和の昔からのスタンスで、必要のない旅行はしない。旅行にお金を使うくらいならゲーム代にしたいという考えだった。こういうところが前の彼氏にはドン引きされたりもしていたのだが、相原はそうでもないようだ。  がくっと落ち込んでいる雰囲気は感じるが「まあ……望月がそう言うことも、想定はしていた」とつぶやいている。 「じゃあ休みは巣篭もりだな」 「うん。……あ、でも一つ観たい映画があって、それは行こうかなと思ってる」 「じゃあ俺も一緒に行く」 「どんな映画か聞かなくて決めていいの?」 「いい。望月が観たいものを、俺も観たい」 「……そうなの?」  沙和は身を離して後ろを振り向いた。相原は当然といった表情でうなずき「望月の好きなものを共有したいと思うのは、おかしなことじゃないだろう?」と告げてくる。  甘やかな愛の響きに、沙和は胸が熱くなった。  そして、今しかないと沙和の中で声がする。 (相原の機嫌は上々。雰囲気も良い。……作戦の決行だ)  それでも少しだけためらいはあったけれど、沙和は相原を毅然とした目で見つめ直した。 「あのね、相原。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
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