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「なに」
「……そろそろ画像を消して欲しいの」
沙和の申し出に、相原は瞬時に無表情に変わった。それまでの柔らかな空気がかき消えて、ピリッとした鋭い気配がする。それでも相原の声はまだ穏やかで「それは……望月が俺を好きになったということか?」と静かに沙和に聞いた。
「……そうなったらいいなと思ってる。私は相原と新しい関係を作りたい」
「新しい関係?」
徐々に相原の目に剣呑な光が宿り始める。怯みそうになる心を叱咤して「相原のことをちゃんと好きになりたいから……一旦離れる時間を作って、もう一度見つめ直して……」と続けるが、沙和の言葉は最後までは言わせてもらえなかった。
「それで? 俺から逃げるのか?」
遮る相原の声は低い。
「逃げたりなんかしない! ちゃんと自分の気持ちを考えてみて……」
相原は一瞬で目に怒りの炎を燃やして、沙和の肩をつかんだ。
「……バカなことを言うな」
「まっとうなことだよ。このまま、こんなふうにずっといる方がおかしい。相原が私を好きだっていうのはわかったし、確かに私だってそれを嬉しいって思ったりもする。……でも画像がある限り、見えない上下関係がある。そんなのは嫌なの」
相原が沙和を大事にしたいと思っていることは、これまでの期間で十分に伝わった。
ただしそれは、沙和が相原に従順な場合のみ。
ひとたび彼を嫉妬させたり、意に沿わないようなことをしたら、きっと相原はまた豹変する。そうなった時に、沙和はそれに従うしかなくなる。
いくら絆されたからといっても、そんな関係は嫌だった。
できることならば対等に、まっさらな状態で相原と向き合いたい。
そして……愛したい。
沙和の願いはそれだけだった。
「……望月が逆らいさえしなければ、あの画像は存在しないも同然だ」
「その逆らうなっていう発想がおかしいの!」
思わず沙和は声を荒げた。相原から身を引いて立ち上がり、拳を握りしめる。相原は静かに目を怒らせていたが、それでも沙和は続けた。
「私は私なの! 全部を自分の思い通りにしようとしないで! 私は相原と対等になって……向き合いたい……それだけなの」
好きになりたいから、解放して欲しい。
一度自由な目で見させて欲しい。
この歪な関係のまま一緒にいても、きっと沙和はそのうち自分の気持ちを疑うようになるから。
「お願い……画像があるからって逃げ道を作って、相原と一緒にいるのは嫌なの。お願いだから、私を自由にして。……私のことを好きなら、普通に愛してよ……」
「普通?」
相原の口元が歪む。
「普通っていうのはどういうことだ?」
「……相原が私を脅し続ける限り、私は相原を心から好きになんてなれない。……なれるわけない」
本当はもっと穏便に話を進めたかった。
今の相原とならお互い冷静に話ができると過信していたのだ。
相原の口元が震えている。顔を伏せているからその表情はわからないけれど、おそらく目は鋭く怒りに燃えているにちがいない。
(もしかしたら、また乱暴に抱かれるかもしれない……)
けれど、それならそれで構わなかった。本心をさらけ出せたことで、沙和自身は随分とスッキリしていた。
「……お前はまた、それを言うのか……」
低い声に、沙和はびくりを身をすくませた。つかまれた肩にぎりぎりと相原の手が食い込んできて、痛みに顔を歪める。その狭くなった視界の向こうに、傷ついたように目を潤ませる相原が見えた。
「あい……はら……?」
「……もういい」
先に目をそらしたのは相原で、唐突に沙和の肩から手を離すと寝室へと向かって行く。ドアを開けて「……悪いが今日はリビングで寝てくれ」と振り向くことなく言い置いて、寝室へと去って行った。
ぱたりとドアが閉められ、リビングにはゲームのBGMだけが流れ続ける。
拍子抜けした沙和はへなへなと再びソファに座り込んだ。
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