■相原編9:泡沫

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「……え?」 「一度離れた方がいいんだろう?」 「あ、うん……」 「悪いがゲームの類は週末に宅急便で送らせてくれ」  一週間ゲームができないが、我慢できるか?  大真面目に問われて「だ、大丈夫だよ! それくらい!」と沙和は胸を張った。 「べ、別に多少なら我慢できるしっ」 「多少ね」  相原が小さく吹き出す音が聞こえる。それに妙にそわそわした気持ちになって、沙和は「あの……ありがとう。画像消させてくれて」と言った。 「変な寝顔まであったのびっくりしたけど……」 「ああ、あれか。あんまりにも幸せそうだったから、つい撮ってしまってた」  相原はどうやら繁華街にいるらしく、背後から雑踏の音が聞こえる。どこにいるんだろう。新宿あたりだろうか。 「……じゃあ切るよ」 「あ、待って」  理由はわからないけれど、沙和はとっさに呼び止めていた。 「あの……前に言ってた、高校時代に私が相原に言った言葉って、結局なに?」 「思い出せなかった?」 「うん。なんかゲームの話しかしてなかった気がするし」 「まあ確かに……そうだな」  相原は小さく笑い声をこぼすと「……じゃあそのまま忘れてくれ」と言い、沙和の返事を待たずに電話を切ってしまった。  ツーツーと無情な音が響く。  沙和は一人、夜に取り残された気分になった。 ◆  それ以来、相原は沙和の前から姿を消した。  一週間後の週末にきっちり沙和の私物が送られてきて、それっきり。  メッセージを送っても既読はつくが返信はなく、電話もつながらない。   (離れるって言っても、ここまで極端じゃなくてもいいのに……!)    それでもどこかまだ気楽に考えていたのは、沙和が相原の部屋の合鍵を持っていたからだ。  合鍵を返すことを口実に、荷物がきた翌週に相原のマンションへ向かった沙和は、ドアをあけて玄関に靴がないのを確認して、ため息をついた。    『合鍵を返しにいきます』というメッセージに既読がついていたから、もしかしたらと期待をしていたのだが、主は不在のようだ。こういう展開だって予測はしていたのだが、やはり寂しい。  そして、玄関先で靴を脱ぎながら沙和は首をかしげた。  家具も家電もそのままなのに、これまで以上に生活感が感じられない。 (なんでだろ……)  沙和はおそるおそる部屋に入り、その隅々を見て回った。  自分が感じた異質な空気の原因は、すぐにわかった。    冷蔵庫の中はからっぽ、クローゼットにかかっている洋服もほとんど消え、洗面台にはタオルもかかっていない。 (相原はきっと……今ここに住んでない……)  だとしたら、どこに?   実家だろうか。それとも別の場所?  手がかりは何もなく、沙和は呆然と部屋の中で立ち尽くした。  たった二週間で相原は全ての痕跡を残して、沙和の前から消えたのだった。
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