■相原編10:その後

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■相原編10:その後

中道(ちゅうどう)を行くという言葉を知らないのか、相原は……」  話を聞いた壮太は、呆れるというよりもバカにした顔でコメントをした。  その声は割と音量があったけれど、昼下がりのファミレスではすぐにかき消される。二人の近くで大学生のグループの歓声にも似た笑い声があがって、壮太は片眉をあげた。  七月半ばの土曜日。  日が高くなっても惰眠を貪っていた沙和の元へ、壮太が来訪したのだ。もちろん約束はしていないから心底驚いていると、それは壮太も同じだったらしい。沙和の部屋に洋服を取りにきたとのことで、相原の画像問題が解決したことを話すと「言ってよ!!」と怒られた。  すぐに壮太に連絡できなかったのは、一人で考える時間が欲しかったから。  けれど不義理であることは確かなので、沙和は「ごめんね」と神妙に謝った。そうして必要な衣類をバッグにつめた壮太と駅前のファミレスにやって来ていたのだった。  壮太の言葉はもっともで、沙和は深くうなずく。 「本当に私もそう思うよ。極端すぎるんだよね、行動が」  離れて考えたいとは言ったけれど、何も音信不通になることはない。  しかも引越しまでして……手がこみすぎである。 「相原は頭の回転が速いから、一を聞いて十を想像しちゃうというか、なんならその先まで予測たてちゃうんだろうね……」 「ふうん」 「で、案外それが当たってたりするもんだから、ますます自分の考えに自信持って突っ走るんだよ」 「……ふうん」  ドリンクバーからいれてきたアイスティーを勢いよく飲んで、沙和は二度目のため息をついた。それを受けてか壮太が「でもさ」と弾んだ声をあげる。 「これで晴れて相原から解放されたわけだし、よかったじゃん」 「……画像がなくなったことは、本当にそう思う。やっぱりあれがあるとないとじゃ心持ちが全然違うよ」  沙和の言葉に、壮太はそうだろうとうなずく。その晴れやかな表情を一瞥して、沙和は「でもさ」と続けた。 「やっぱり私、毒がまわりきったみたい」  画像という枷がなくなった時に、自分が相原のことをどう思うのか。  いくら想像しても曖昧だったけれど、いざその状況になった時に、沙和は驚くほどはっきりと自分の心が相原に向いていることに気づいた。  相原がそばにいないと寂しい。  相原に会いたい。    その気持ちに気づいたら、もう覚悟を決めるしかなかった。目の色を変えた壮太に「沙和?」と名前を呼ばれ、沙和は「壮太の言うとおりだったよ」と苦笑してみせた。 「相原のことすごく嫌になったりしたし、すごく振り回されたけど……でも何でだか相原のこと放っておけないっていうか……」 「……嘘だろ」 「壮太の言いたいことはわかってるつもりだよ。ありえないって言いたいんでしょ?」 「……よくわかってるじゃん」  壮太は傷ついた表情を隠そうともしない。彼にそんな顔をさせたいわけじゃないけれど、はっきりさせないときっと沙和も進めないのだ。沙和の表情から本気だと悟ったのか、壮太は頭を抱えた。「理解不能」と何度も言われ、沙和は「確かに」と同じ数だけ返した。  理解なんてできない。自分でも分析しきれてないのだから。  沙和にあるのは『相原に会いたい』というその一点だけだった。   「……でも実際、連絡とれないわけでしょ? どうすんの」 「賭けに出ることにした」  これ、と沙和は自分が相原に送ったメッセージを見せた。 『明日、相原の部屋で待ってます。もし来なければあなたのことは諦めます』  そして、その後に続くスタンプを見て、壮太は吹き出した。 「この臆病者! って……よくこんなスタンプあったね」 「探した」 「まあ、これを見たら確かに……来るかもしれない」  沙和もそう思う。  稚拙な挑発なのは自分でもわかっているけれど、相原にこういうやり方は効果的なはずだから。 「まじで行くの」  壮太はまだ諦めきれないのか、口をとがらせて沙和を見つめてくる。  その目の真摯な光を見つめ返して、沙和は「ごめんね」ともう一度謝った。    壮太はしばらく無言だったけれど、急に「あーもうっ」と大きな声をあげた。不意をつかれてびっくりしていると「一年ね!」と壮太が人差し指を突きつけてくる。 「一年だけ、待ってあげるから。その間なら逃げて来ていいよ」 「逃げるって……」  断言する、と壮太は目を細めた。 「沙和は一年以内に音をあげて逃げて来る!」 「ちょっと! 変な予言しないでくれる?」  思わず声を荒げると、壮太はおかしそうに笑った。 「そうなったらいいなって言う願望ね」 「悪趣味」 「知ってたでしょ」 「知ってる」  二人で顔を見合わせて笑い合い、沙和は唐突に気づいた。
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