■相原編10:その後

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 図星をつかれた人は怒るという法則が相原にあてはまるのならば、ここからは押し切るだけだ。  沙和はぐっと息を飲み込んで「違う、そんなんじゃない」と否定した。 「……軍師でしょ」  沙和が小さく発した言葉に、相原は明らかな反応を見せ、狼狽しているとも言えるような表情で沙和を見つめてくる。 「私は……相原の軍師でしょ」  高校時代の軽口を、今になって言うことになるとは思わなかった。ものすごく恥ずかしいけれど、沙和はようやく思い出したのだ。  あの日、沙和が相原の心に残した言葉。  相原が沙和を『よすが』と言った時には、抽象的すぎてわからなかった。『頼りにするもの』という意味がわかっても、相原にとって自分がそんな存在であるとは思えなかった。  けれど、そんな話をしたような気がすると思い出してから、ハッとした。  そういえば自分は相原に『軍師になる』なんて言ったと……。  今思うと調子に乗りすぎだろと恥ずかしくなるけれど、あの時は本心から自分がそうなれると信じていた。   自分なら、相原を支えていけると……。 「……これでしょ? 相原がずっと覚えてた言葉って」  すでに正解を導き出していることはわかっていたが、再確認のためにも沙和はたずねた。相原は毒気を抜かれた様子で「ああ」とうなずく。 「もう思い出さないだろうと思っていた」 「私も自分でびっくりしてる」  小さく笑みをこぼしてから、沙和は「……悔しいけど……私は相原が好き」と告げた。  肩を押さえる力が弱まり、相原が少しだけ背をかがめて沙和と視線の高さを合わせてくる。もう一度、とその視線で訴えられたけれど、沙和はそれを無視して「……相原は?」と聞いた。 「今更聞くのか」 「うん」 「……好きだよ。多分、望月が想像してるよりもずっと……」  相原の手がゆったりと沙和の頬に触れる。慈しむような優しい手つきとは裏腹に、相原の表情が少しずつ厳しいものに変わっていく。 「でも多分、俺は望月の言ったような普通の愛し方はできない」  それは手放しでは『良いよ』とは言えない。沙和は少し考えて、相原の手にそっと自分の手を重ねた。 「一つだけ約束してほしいことがあるの」 「……写真は撮らないで、か?」 「ああ……それもあるけど、違うよ。勝手に私の気持ちを決めつけないでほしい。ちゃんと……私に全部確かめて」  沙和が言った条件に相原は「さすがだな」と笑みを深めた。そのあとで「じゃあ俺からも一ついいか?」と相原も言う。 「……またこの部屋に戻ってきて欲しい」  以前とはまるで違う言葉の響きは甘く、沙和は目尻に涙が浮かぶのを感じながらうなずいた。  相原は目ざとくそれに気づき、そっと沙和の瞼に唇を寄せる。そのまま顔中にキスが降ってきて、沙和はくすぐったさに声をあげた。 (相原編end)
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