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図星をつかれた人は怒るという法則が相原にあてはまるのならば、ここからは押し切るだけだ。
沙和はぐっと息を飲み込んで「違う、そんなんじゃない」と否定した。
「……軍師でしょ」
沙和が小さく発した言葉に、相原は明らかな反応を見せ、狼狽しているとも言えるような表情で沙和を見つめてくる。
「私は……相原の軍師でしょ」
高校時代の軽口を、今になって言うことになるとは思わなかった。ものすごく恥ずかしいけれど、沙和はようやく思い出したのだ。
あの日、沙和が相原の心に残した言葉。
相原が沙和を『よすが』と言った時には、抽象的すぎてわからなかった。『頼りにするもの』という意味がわかっても、相原にとって自分がそんな存在であるとは思えなかった。
けれど、そんな話をしたような気がすると思い出してから、ハッとした。
そういえば自分は相原に『軍師になる』なんて言ったと……。
今思うと調子に乗りすぎだろと恥ずかしくなるけれど、あの時は本心から自分がそうなれると信じていた。
自分なら、相原を支えていけると……。
「……これでしょ? 相原がずっと覚えてた言葉って」
すでに正解を導き出していることはわかっていたが、再確認のためにも沙和はたずねた。相原は毒気を抜かれた様子で「ああ」とうなずく。
「もう思い出さないだろうと思っていた」
「私も自分でびっくりしてる」
小さく笑みをこぼしてから、沙和は「……悔しいけど……私は相原が好き」と告げた。
肩を押さえる力が弱まり、相原が少しだけ背をかがめて沙和と視線の高さを合わせてくる。もう一度、とその視線で訴えられたけれど、沙和はそれを無視して「……相原は?」と聞いた。
「今更聞くのか」
「うん」
「……好きだよ。多分、望月が想像してるよりもずっと……」
相原の手がゆったりと沙和の頬に触れる。慈しむような優しい手つきとは裏腹に、相原の表情が少しずつ厳しいものに変わっていく。
「でも多分、俺は望月の言ったような普通の愛し方はできない」
それは手放しでは『良いよ』とは言えない。沙和は少し考えて、相原の手にそっと自分の手を重ねた。
「一つだけ約束してほしいことがあるの」
「……写真は撮らないで、か?」
「ああ……それもあるけど、違うよ。勝手に私の気持ちを決めつけないでほしい。ちゃんと……私に全部確かめて」
沙和が言った条件に相原は「さすがだな」と笑みを深めた。そのあとで「じゃあ俺からも一ついいか?」と相原も言う。
「……またこの部屋に戻ってきて欲しい」
以前とはまるで違う言葉の響きは甘く、沙和は目尻に涙が浮かぶのを感じながらうなずいた。
相原は目ざとくそれに気づき、そっと沙和の瞼に唇を寄せる。そのまま顔中にキスが降ってきて、沙和はくすぐったさに声をあげた。
(相原編end)
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