■相原編1:独占欲

3/5
前へ
/100ページ
次へ
 最初はこの『管理されている』という感じがとても嫌でストレスになっていたのだが、少しずつそれが薄れてきている。時間とともに慣れてしまっているのだろう。要注意だ。 「ほんとになぁ……」  シャワーを浴びて、あたためた弁当を食べながら、沙和は何度目かわからないため息をついた。毎日何回ついているだろう。確実に増えている。  ぼんやりとしながらも食事を終え、片付けを済ませたら、ゲームの時間だ。    先日までやっていた軍隊系のゲームをクリアしたので、今は西洋ファンタジー系の建国シミュレーションを始めている。箱庭の中でちまちまと農園を開き、産業を興して、他国と交易をしたり戦争をしたり。始めたばかりなのだが、やることが多すぎてまだ把握しきれていないくらいだ。  一つ一つを確かめながらやっていると、あっというまに時間が過ぎて、玄関のドアが開く音がした。  一度だけ沙和の心臓が跳ねる。  気にしないようにゲームに集中していると、ドアが開いて相原が顔を見せた。 「ただいま」 「おかえり」  顔をあげて目を合わせると、相原は微笑んだ。安心したように緩んだ笑顔は、一緒に暮らし始めてから相原が見せるようになった顔の一つだ。  沙和が起きて迎えることを心底嬉しいと思っているのが伝わり、胸がじくじくする。 「お疲れ様。今日も遅かったね」 「ああ。さすがに金曜日は疲れがたまるな」  ようやく週末かと息を吐きながら、相原はネクタイをゆるめた。あまり普段表情の変わらない相原だが、この時ばかりは疲労感をにじませている。それが気怠い色気になって漂い、沙和は小さく咳払いして目をそらした。 「望月も一週間お疲れ様」  相原は優しく目を細めながら沙和のそばに寄り、チュッと音をたてて唇をついばんだ。  一瞬だけ相原の汗の香りとともに彼の体臭を色濃く感じる。それは彼の夜の香りとも同じもので、沙和の胸が一度鳴った。  相原はすぐに沙和から離れると、シャワーに行ってくるとバスルームに消えた。  優しい言葉とキスの余韻は、沙和を少しだけぼうっとさせたが、そうもしていられない。  バスルームのドアがしまりシャワー音が聞こえ出すと、沙和は「よし」と声を出してから立ち上がった。目指すはチェストの上にある相原のスマホだ。     一日の中でたった一度訪れるチャンス。  沙和はメモをとりだして、数字の羅列を入力し始めた。 「……これもダメ……こっちも……」  相原のスマホのロック解除には、六つの数字が必要だ。  短い時間の間に二十種類ほど試して、今日も全て弾かれた。誕生日などのパーソナルデータの類は全てダメで、今は無作為に選んだ数字を入れているが、気が遠くなるほど正解は遠い。 (ダメだ……やみくもに数字をいれても、当たる気がしない。何か相原に関わる数字を探さないと……)  時計を確認して、沙和はうなだれる。今日はこれ以上試すのは無理だ。  指紋をふいてスマホを元の位置に戻すと、何事もなかったかのように沙和はゲームを再開した。しばらくして相原がこざっぱりとした姿でリビングに戻ってくる。 「お疲れ様」  もう一度沙和が声をかけると、相原は「ああ」とうなずき、沙和の隣に腰掛けた。 (よかった……今日もばれてない……)  相原の思いつくような数字なんて、沙和にはよくわからない。  好きな数字なんてあるように思えないし、語呂合わせも興味がないような気がする。  一緒に過ごす中でヒントを見つけようと躍起になってはいるものの、収穫はまるでなかった。  そんな落ち込む気持ちを隠してゲームを進めていると「今度のは随分雰囲気がかわいいゲームなんだな」と言いながら相原が沙和の肩に頭を乗せて来た。ずしっとした重みに一度肩が揺れる。  沙和は「……そうだね。ずっとしてると目が痛くなる系かも」と苦笑しつつ答えて、ポップな配色のインターフェース画面を切り替えた。相原は確かにと相槌を打ちながら、頭を移動させて沙和の膝の上に乗せる。ふわりと同じシャンプーの香りがした。 「はー……落ち着く……」  目を閉じて沙和の太ももに頬をすりつける相原が、この時ばかりは愛玩動物のように見える。気の抜けた声に少しだけ下がった眉があどけない。相原は膝枕が好きなようで、大体ゲームを見ている時はこの体勢が多かった。  普段相原が身にまとう張り詰めた雰囲気も、この時ばかりは緩んでいて、たまにそのまま寝入っていることもあった。無防備すぎる。  そんな面を見せられて、つい『かわいい』なんて思ってしまって、あわてて打ち消した回数は多い。 (こんな生活から抜け出したいのに。早く画像を消して自由になりたいのに)  相原は、沙和に優しい。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

386人が本棚に入れています
本棚に追加