■相原編・後日談2:相原は確信犯(★)

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■相原編・後日談2:相原は確信犯(★)

※本編から半年後の話です。 「それでは一年ぶりの再会を祝して……かんぱぁぁーーーーいっ!!」  野太い声のすぐ後に、がちゃんと厚めのグラスのかち合う重たい音。なみなみと入った中ジョッキを隣の仲間と合わせて、沙和もそれをぐびっと喉に流し込んだ。  例年通り一月半ばに開催された、野球部の同窓会である。  今年も場所は新宿の大衆居酒屋で、参加メンバーもほぼ同じ。ただ、店の奥の座敷を陣取った男たちの集団の中、相原だけは仕事の都合でこの場にはいなかった。 (さて……どうしよう)  沙和はサラダをとりわけながら思案する。まだ飲み会は始まったばかりで、仲間達は比較的に穏やかに近況を語り合っている。 (今がきっと一番言いやすいタイミングだ。……でも)  素知らぬ表情を貫きながら、沙和はこの場にいない相原のことを思う。今日のために何とか仕事の都合をつけようとしていたが、どうにもこうにもならないとなった時に言われたこと。 「ちゃんと俺と付き合ってることを、野球部のやつらに報告するようにね」  その指令をこの宴会の間に果たさなくてはならないのである。  でも、沙和の心は憂鬱だった。 (相原と付き合ってるって隠したいわけじゃないけど、言いたくはないなぁ……)  何せこの野球部の男達は、そういうゴシップネタが大好きなのだ。この話をしたら格好の餌食になってしまう。『祝い酒』とか何とか言われて、酒を飲まされるに決まっている。 (はー……やっぱりタイミングとしては、会計直前くらいかな……)  それまでの間に「最近どう?」なんて聞かれませんように。  戦々恐々としていたが、幸いにも話題はもうすぐ子供が生まれてパパになるという話や、彼女にプロポーズしたいがどうしようという仲間の話で盛り上がった。  沙和もほどよくお酒がすすみ、酔っ払った時特有の浮遊感に包まれていく。まわりの明るい雰囲気にも背中を押され、わけもなく楽しい気持ちで過ごしていたのだが。 「あれ? 相原だ」  そんな幹事の一言が耳に入り、沙和は一気に意識のどこかが覚醒した。  大きな体を揺らして、彼はスマホを耳にあてる。どうやらメッセージではなく、電話がかかっているらしい。 (相原から電話!?)  もしかして……と思い当たるものがあり、どんどん酔いがさめていく。  あわてて腕時計を確認すると、同窓会が始まって結構時間もたっていた。   「どーした? ……ん? もちろんいいけど、そろそろラストオーダーだなぁ」  どうやら相原はこちらに合流するようだ。きっと仕事を早めに切り上げたのだろう。 (相原が来るなら、合流してからみんなには言った方がいいな、絶対)  そうすればきっと相原が矢面に立ち、みんなの追求をいなしてくれる。  やれやれよかったとホッとしたのも束の間。 「え? 望月? いるけど」  急に自分の名前が出て、びくりと沙和は肩を震わせた。 (も、もしかして……)  背中に悪寒が走る。それは悪い予感の合図だった。  相原と付き合い始めてからたまにある、沙和の価値観を超えた行動をしてくる時の……。  不思議そうに沙和に視線を向けていた幹事が、みるみるうちに口が開いて驚きの表情に変わっていく。その目が『信じられない』と主張するように見開かれ、次いで「まーーーーーーじでーーーーーー!?」という絶叫が、宴席に響き渡った。 (ぎゃーーーーー! 言った! 絶対今、言った!!) 「ちょ、嘘だろ!? え? いやいや」  あまりの幹事の驚きように、まわりの仲間達も「え? なになに?」と注目している。そして通話を切った幹事が沙和を指差したのを見て、全員の視線が沙和に集まる。およそ十人の男の視線は、なかなかの迫力があった。 (や、やばい……)  寒いからと厚手のニットを着てきたのがアダとなって、体が熱を持ち始める。いやな汗がじわりと背中に滲んだのがわかった。  じりじりとした間が一瞬だけできた後、とうとう幹事が「……結婚するんだって、相原と」と告げた。 「……はい?」    思わず沙和も聞き返していた。  結婚?  そんな話、寝耳に水である。 「え、いや結婚なんて話は……」  沙和の言葉は、即座にあがった仲間たちの大声で遮られた。隣の仲間もご多分にもれずオーバーなリアクションをしたせいで、耳が痛い。 「まじかよ、望月!」 「いつのまに!?」 「ていうか式はいつ!?」  口々にまくしたてられ、しかも皆声量が大きいから、騒音なんてものじゃない。それに気圧されつつ「ちょ、ちょっとみんな、落ち着いて……」と言ってみるも、まるで効果はなかった。 「いやいや、これはもう落ち着くどころの話じゃないだろ!」 「ほんとおめでとう!」  拍手喝采の大騒ぎである。
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