392人が本棚に入れています
本棚に追加
■相原編・後日談2:相原は確信犯(★)
※本編から半年後の話です。
「それでは一年ぶりの再会を祝して……かんぱぁぁーーーーいっ!!」
野太い声のすぐ後に、がちゃんと厚めのグラスのかち合う重たい音。なみなみと入った中ジョッキを隣の仲間と合わせて、沙和もそれをぐびっと喉に流し込んだ。
例年通り一月半ばに開催された、野球部の同窓会である。
今年も場所は新宿の大衆居酒屋で、参加メンバーもほぼ同じ。ただ、店の奥の座敷を陣取った男たちの集団の中、相原だけは仕事の都合でこの場にはいなかった。
(さて……どうしよう)
沙和はサラダをとりわけながら思案する。まだ飲み会は始まったばかりで、仲間達は比較的に穏やかに近況を語り合っている。
(今がきっと一番言いやすいタイミングだ。……でも)
素知らぬ表情を貫きながら、沙和はこの場にいない相原のことを思う。今日のために何とか仕事の都合をつけようとしていたが、どうにもこうにもならないとなった時に言われたこと。
「ちゃんと俺と付き合ってることを、野球部のやつらに報告するようにね」
その指令をこの宴会の間に果たさなくてはならないのである。
でも、沙和の心は憂鬱だった。
(相原と付き合ってるって隠したいわけじゃないけど、言いたくはないなぁ……)
何せこの野球部の男達は、そういうゴシップネタが大好きなのだ。この話をしたら格好の餌食になってしまう。『祝い酒』とか何とか言われて、酒を飲まされるに決まっている。
(はー……やっぱりタイミングとしては、会計直前くらいかな……)
それまでの間に「最近どう?」なんて聞かれませんように。
戦々恐々としていたが、幸いにも話題はもうすぐ子供が生まれてパパになるという話や、彼女にプロポーズしたいがどうしようという仲間の話で盛り上がった。
沙和もほどよくお酒がすすみ、酔っ払った時特有の浮遊感に包まれていく。まわりの明るい雰囲気にも背中を押され、わけもなく楽しい気持ちで過ごしていたのだが。
「あれ? 相原だ」
そんな幹事の一言が耳に入り、沙和は一気に意識のどこかが覚醒した。
大きな体を揺らして、彼はスマホを耳にあてる。どうやらメッセージではなく、電話がかかっているらしい。
(相原から電話!?)
もしかして……と思い当たるものがあり、どんどん酔いがさめていく。
あわてて腕時計を確認すると、同窓会が始まって結構時間もたっていた。
「どーした? ……ん? もちろんいいけど、そろそろラストオーダーだなぁ」
どうやら相原はこちらに合流するようだ。きっと仕事を早めに切り上げたのだろう。
(相原が来るなら、合流してからみんなには言った方がいいな、絶対)
そうすればきっと相原が矢面に立ち、みんなの追求をいなしてくれる。
やれやれよかったとホッとしたのも束の間。
「え? 望月? いるけど」
急に自分の名前が出て、びくりと沙和は肩を震わせた。
(も、もしかして……)
背中に悪寒が走る。それは悪い予感の合図だった。
相原と付き合い始めてからたまにある、沙和の価値観を超えた行動をしてくる時の……。
不思議そうに沙和に視線を向けていた幹事が、みるみるうちに口が開いて驚きの表情に変わっていく。その目が『信じられない』と主張するように見開かれ、次いで「まーーーーーーじでーーーーーー!?」という絶叫が、宴席に響き渡った。
(ぎゃーーーーー! 言った! 絶対今、言った!!)
「ちょ、嘘だろ!? え? いやいや」
あまりの幹事の驚きように、まわりの仲間達も「え? なになに?」と注目している。そして通話を切った幹事が沙和を指差したのを見て、全員の視線が沙和に集まる。およそ十人の男の視線は、なかなかの迫力があった。
(や、やばい……)
寒いからと厚手のニットを着てきたのがアダとなって、体が熱を持ち始める。いやな汗がじわりと背中に滲んだのがわかった。
じりじりとした間が一瞬だけできた後、とうとう幹事が「……結婚するんだって、相原と」と告げた。
「……はい?」
思わず沙和も聞き返していた。
結婚?
そんな話、寝耳に水である。
「え、いや結婚なんて話は……」
沙和の言葉は、即座にあがった仲間たちの大声で遮られた。隣の仲間もご多分にもれずオーバーなリアクションをしたせいで、耳が痛い。
「まじかよ、望月!」
「いつのまに!?」
「ていうか式はいつ!?」
口々にまくしたてられ、しかも皆声量が大きいから、騒音なんてものじゃない。それに気圧されつつ「ちょ、ちょっとみんな、落ち着いて……」と言ってみるも、まるで効果はなかった。
「いやいや、これはもう落ち着くどころの話じゃないだろ!」
「ほんとおめでとう!」
拍手喝采の大騒ぎである。
最初のコメントを投稿しよう!