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もともと賑やかだった場が弾けるほどの熱気に包まれる様を、沙和は呆然と見守った。
(みんな興奮しすぎじゃない!?)
相原が話を盛ったせいだ。同棲はしているが、結婚なんて話はまるで出ていないのに……。
(まさかこれがプロポーズなんてことはないよね!?)
仲間達の大騒ぎを苦労していなしていると、店員がやって来た。ドリンクのラストオーダーをとりにきたのと、あとは少し眉尻を下げて「もう少しボリュームを抑えていただけると……」と言っているのが聞こえた。
ラストオーダーに反応した仲間たちは、一度頭を切り替えたのか口々に飲み物を注文する。その時だけは平穏が戻ったのだが、店員が去ると同時に「で?」と再び沙和に視線が集まった。
「あの相原と結婚!?」
「料理とか望月がつくんの!? 文句言われない!?」
「相原、随分趣味変わってね!?」
飛んでくる質問が、ことごとく失礼である。
(特に最後!)
仲間達の記憶にある相原の元カノたちと比べたら、確かに自分は女子力がまるで足りない。画像で見ただけだが、彼女たちは大体パステルカラーの女らしい繊細な洋服を着こなすタイプだった。『おしゃれは我慢』を地でいくタイプである。
それに対して沙和はビッグサイズのタートルネックのニットにワイドパンツという色気のかけらのない格好だ。ゆるゆるのだるだるだ。
(そんなの自分が一番わかってるから!!)
沙和だって、自分は相原の好みからかけ離れていると思う。
彼が沙和のファッションについて言及することはないけれど、あの歴代の元カノを見る限り女らしい格好が好きなのだろう。
(でも私は私のしたいようにする! だって相原はどんな私でもいいはずだもん)
沙和が頭の中で返答を練るよりも早く「あいつ、プライベートで一緒にいて息苦しくないの!?」なんて質問まで飛んで来る。
相原の普段の硬質なイメージからしたらさもありなんとは思う。けれど、二人きりの時に見せる相原の顔を思い浮かべてみれば、彼らの質問も印象も全ては的外れのものだ。
「あのねぇ……」
呆れて沙和は声を張り上げる。
「相原は別に何でもかんでも完璧にしろなんて言わないし、優しいから!」
言い切った瞬間、場がしんと静まり返った。仲間達の目がらんらんと輝いているのだけが妙に目立って、沙和はごくりと生唾を飲む。
「へぇぇぇ! あの相原が!?」
「優しい!? まじで!?」
重ね重ね、失礼な男達である。
そして、どんなふうに優しいのかとか、なれそめとか、根掘り葉掘り聞き出そうと質問ばかり繰り出して来る。
(だから嫌だったのにーーー!)
沙和が内心で悲鳴をあげながら、質問に一つずつ答えていると「お連れ様です」と店員がやって来た。その後ろについているのは、渦中の人物、相原である。
朝と変わらずにぴしっとスーツを着こなしている姿が、赤ら顔でぐでんぐでんの野球部メンバーの中でかなり浮いている。
店員からの「あの……あと少しでお時間ですので」との言葉に、相原は心得たと言った様子で「すぐに出ます」とうなずいてから、小上がりに上がってくる。
「相原ー!! 待ってたぞ!!」
彼自身が引き金を引いているだけあって、場の状況は予測していたのだろう。
大盛り上がりの仲間達を見てもまるで驚いた様子も見せず、真っ先に沙和に視線を向けて来る。
おつかれ、とその口が動いた。
「お疲れじゃなーーいっ!」
沙和はがばりと立ち上がると、相原の方へと向かった。まわりで仲間達がどよめいているが、もう知ったことじゃない。
だいぶお酒がまわって頭がぐらぐら揺れているが、相原の涼しげな顔に照準を合わせたおかげか、足取りは揺るがなかった。
相原は沙和がずんずんと進んで来るのを目を細めて待ち構え、彼女が到達すると同時にその腕を引いた。ここでも「ほぉぉ」と歓声が上がる。
「どうした?」
「どうしたじゃないってば! もう、こっちは大変で……」
「そうみたいだな」
楽しそうに相原は場の全体を見回した。彼にしては珍しくいたずら心を起こしたらしいけれど、巻き込まれたこっちはもう大変だ。
「いやー、ほんっとお前は水くさいな! 言えよ!!」
幹事が立ち上がり、沙和の反対側にまわる。そうして相原の肩をがしっと捕まえて引き寄せた。思ったより顔が近づいてしまい、相原は相当嫌そうな顔をしてすぐに腕を外した。
「酒くさい」
絶対零度の視線を受けても、幹事は全く動じない。けらけらと笑って「おうおう、俺と望月とで落差ありすぎじゃね?」と豪快に言う。
「それはそうだろう」
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