■相原編2:勝負(★)

4/4
前へ
/100ページ
次へ
 部活の休憩時間になるたびに、こっそりスポーツバッグに忍ばせていたチョコレートを食べるのが沙和の習慣だった。ボール拾いをしながらぽいっと口に運んだり、タオルを洗う前にそっと口に含んだりと、皆にばれないようにしていたつもりだったのだが、ある日不意に相原にそれを見られて……。 「びっくりするくらい慌ててたな」  その当時を思い出したのか、相原は小さく吹き出した。 「別に悪いことしてるわけでもないのに」 「いやーだってさ、部員のみんなはお茶しか飲んでないのに、私はチョコ食べるのってどうなのかなって……一応気にはしてたんだよ!」 「だったら食べなきゃいいだろ」 「それで我慢できればいいけどさ……」  チョコレートの甘さが、沙和の癒しだったのだ。  部活動は好きだったけれど、ずっと炎天下にいるのも疲れるわけで。  暑さに負けないようにシュガーコーティングされたチョコや焼きチョコなど、いろいろな種類のチョコを試しながら、日々の部活動を乗り切っていた。 「確かにあの時もらったチョコレートは相当美味しく感じたよ」 「でしょでしょ」  あの時、相原に咄嗟に「共犯になって」とチョコレートを渡した時の甘酸っぱい心の内を思い出して、沙和は少し頬を赤らめた。 (あの頃の自分が、今の状態を見たら何て言うんだろ……)  相原のそばにいることが、沙和の一番幸せな時間だった。たわいもない話でも野球談義でも、とにかく何でもいいから話がしたかった。練習後の片付けを手伝ってくれた時は小躍りしたくなるくらい嬉しくて、その後一緒に駅までの道を歩いた日なんか夜眠る直前まで浮かれていた。 (今思うと……おめでたいというか何と言うか……)  とにかく一人で盛り上がっていたなと思う。  あの頃の自分の幼さが恥ずかしくもあり、眩しくもあった。純粋に、盲目に、相原に恋慕を募らせていたあの頃にはもう戻れない。 「あの頃からずっと、望月は俺の……」  沙和が過去を振り返っている間に、相原も同じように回想していたらしい。  視線を向けると相原は自嘲的に微笑み「望月は、俺のよすがだった」ときっぱりと言った。 「よすが?」  初めて聞く言葉に首をかしげるが、相原は目を細めるばかりで「意味は自分で調べてくれ」とそっけない。けれどその目に浮かぶのは、おそらく高校生の頃の沙和が宿していたのと同じ光。 (まさか……でも……)  そうであってほしい。  でも違うに決まってる。  だって相原はあの時、違う人を選んだ。  そう思いながらも沙和の口は滑った。 「もしかして……相原もあの頃……私のことが好きだったの?」  その答えは、イエス。  十年以上たって初めて聞いた真実だった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

385人が本棚に入れています
本棚に追加