ノーマル・パラドクス

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 小此木を通じて紹介された、ワケあり物件。  新居にすると決めてすぐに、光紀が全部手配をしてくれた。希純がしたことといえば、今月中に退去すると管理会社に伝えたくらいだ。  光紀だって忙しいはずなのに、手続き含めてほとんど任せてしまった。  新居には家具や家電があらかた揃っていたので、必要なものだけを手元に置き、光紀の知り合いで学生寮を出て一人暮らしを始めるという人に残りの家電は譲った。代わりに人手と車を借り受けて、希純が休日出勤をしている間に、こじんまりした引っ越しは済んでしまった。  これと決めたDomの行動力には驚嘆するしかない。  光紀からのメッセージは早く帰宅できるから、夕飯をリクエストして欲しいという他愛もないものだった。 『食べたいものを注文してくれないと、希純さんを調理して食べますからね』  山猫と思わしき謎のスタンプとともに送られてきた脅し文句に、思わず苦笑してしまう。 「『注文の多い料理店』なんて、怖くて入れないって」  さっそく越した新居は快適だった。  さすがにDomとSubがこだわりを尽くして建てただけはある。こんなところに破格の家賃で間借りして良いものかと悩んだが、一年間は帰国予定がないと聞けば、期間限定で楽しむのも悪くないと思う。  なにより、一階と地下室を繋ぐ、あのエレベーターはよくない。  ペットか荷物よろしく狭いスペースに詰めこまれると、希純はそれだけで動悸がする。これまで誰にも言ったことはなかったが、狭い場所は嫌いではない。幼い頃はしょっちゅう、押し入れで寝ていたのだと、両親にはいまでも笑われる。  閉じこめられると安心する。空白が埋まった気になる。  自由を与えられるほうが苦しい。理不尽なCommandであっても、自分の頭で考えて判断するより、Domに命じられるほうが安らげる。多くのSubはそう言う。Switchだった自分は、すっかりSubに染まっていると思う。  引っ越しで唯一気がかりなのが、光紀の両親に正式に挨拶できていないことだった。  ノーマルだという二人には、Claim関係のことなど理解できないだろう。それでも、一緒に住むという選択をして、こうして暮らしている以上、いつまでも避けているわけにはいかない。頭ではわかっていても、希純には勇気が出ない。  あの大晦日の後も、光紀は希純の両親と顔を合わせてくれるのに対して、自分は本当に憶病で卑怯だと情けなくなる。  光紀とのClaimを後悔したことはない。他の人とClaimを結ぶなんて、相手がDomでもSubでも考えられない。  なのに、自分一人の狭隘な自尊心のせいで、まともな筋を通すことができないでいる。光紀は気にしなくていいと言うが、いまだに乗り越えられない壁があることに申し訳なく思ってしまう。  気分転換は悪くなかったが、結局、夕飯のリクエストを忘れてしまい、既読スルーを責められた希純はその晩、おいしく調理されることになった。
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