その名は”Ⅾ”

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 Collarだけを身につけた希純が、涙袋をかすかに膨らませ、目を潤ませて立っている。  どこか所在なさげで、それでいて何かから解放されたような、剥き出しの姿をさらけ出している。背筋を伸ばした希純を前にして、光紀はひっそりと生唾を飲みこんだ。Collarの留め具部分にLeashを繋ぐと、手の中できれいに丸めていたハーネスを広げてみせた。 「いまから、これを希純さんの体に巻きつけてあげます」 「んっ……」  一般にハーネスといえば、高所作業やパラグライダー向けなど、身の安全を確保するものが主流である。もしくは迷子紐を兼ねた幼児向けのもの。それから、尖ったファッションにも使われるようになったが、元々は馬具が語源だという。  肩回りや二の腕を革ベルトで締め上げ、なめらかな胸筋に沿って巻いていく。手首や足首も締めつつ、太ももや臀部を強調する仕様で、これだけでは身体の自由を奪うものではない。とはいえ、それぞれについたリングにチェーンや専用のスティックを繋ぎ合わせることで、いかようにも拘束できる便利な代物だった。 「息が荒くなっていますね」  光紀が希純の左胸に手を置くと、破裂しそうなほど激しく鼓動がリズムを刻んでいるのがわかる。  CollarをLeash、それにボディハーネスを纏った希純は、とても完璧に見えた。 「いま、なにを思っているんですか。Say(教えて)」  肌の上を舐めまわすようにして、執拗にGlareを当てていく。こうして眺めているだけで手ずから希純を汚していく気がして、光紀の興奮は止まることを知らない。  もっと、もっと奪いたい。穢したい。  人としての尊厳すら欠片も残さずに、閉じこめて、繋ぎとめて、ひどく辱めて、いいように弄んでしまいたい。  Domの『業』は恐ろしい。  合意のない相手に仕掛ければ、罪に問われるとわかっていて、それでも恐ろしく醜悪な欲望が止められない。受け入れてくれるSubなしには、この行為は成立しない。 「……、ぃ、」 「聞こえません。もう一度」 「きもち、いい」 「こんな風に縛りあげられることが?」 「んんっ」  短めに持ったLeashを軽く引くと、同時にCollarが引っ張られる。不意をつかれてバランスを崩した希純が一歩、足を踏み出す。 「希純さんは、こうやって僕のペットにされるのが嬉しいんですか?」 「うんっ、うれしい……」  首が苦しくなったのか切なげに眉をしかめて、かすれた声でつぶやく。  この人は心の底から、僕とのプレイを求めている。  体が震えるほどの多幸感で満たされていく。 「僕も、かわいいペットが好きですよ」  光紀が告げると、希純は目を細めて蕩けるように微笑んだ。口の悪いところも、シャイなところも、凛とした姿勢も魅力的だったが、光紀にしか見せない表情が一番愛おしい。 「せっかくだから、もっとペットらしく飾ってあげたいですね。例えば、ここにカチューシャタイプのイヌ耳やネコ耳をつけるとか。うんと可愛くなりますよ」 「似合わない、そんなの」 「そうですか? 意外と似合うと思いますが。それから、こっちには尻尾が必要ですね。ここの口で咥えられるオモチャなら、いろいろ売ってますよ。あ、うちにあるオモチャに尻尾だけつけてもいいですね。きっと、すごく可愛い」 「や、やめろって」 「想像してみましたか? 希純さんは妄想だけでもう、こんなに反応してくれる。どんなアヤシイことを思い描いていたんでしょうねえ」  突然、静寂を壊すような不協和音が鳴り響いた。
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