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親になった僕が泣く理由
そんな僕に転機が訪れた。
高校の同窓会でたまたま再会した山田佳代子さんと、なんとなくいい関係になったのだ。つき合って一年、僕らはめでたく結婚する運びとなった。
家族や友人だけで、ささやかな結婚式を挙げた。式の終わりに新婦の佳代子が母への手紙を読み上げた。感極まった僕は、新郎のスピーチで、家族に感謝を述べている最中に、危うく涙をこぼすところだった。
甘い新婚生活。妻となった佳代子に子供ができたあたりから、夫婦の立場は逆転するようになった。おまけに僕の涙腺は、妙な具合にもろくなっている。
ーーもうすぐパパになる。
『これからはイクメンの時代よ。夫も育児に参加するんだからーー』
妻にそう言われて僕は戸惑った。まずは、おもつを穿いてみて、体感から赤ちゃんの気持ちを理解することから始めた。
だが、そんな僕も、さすがに分娩まで立ち会う勇気は持ち合わせていなかった。
そして、とうとうその日はやってきた。
「卓也くん、病院!病院!」佳代子の陣痛が始まった。
僕は妻を乗せて車を走らせた。立ち会うつもりなど毛頭なかった僕は、分娩室へ消えゆく妻に手を振った。
ところが、扉が閉まる寸前で婦長が現れた。
「なにやってるの!ほら、お父さんはしっかりお母さんについてあげなきダメじゃない!」
気づいたときには医療着一式を着た僕は、妻の傍らに立っていた。
佳代子は叫ぶ。
僕はなすすべもなく見守る。
「鼻からスイカー」と佳代子が叫ぶ。
「しっかりしなさい!」婦長も叫ぶ。
佳代子が唸る。そして、おぎゃあと泣き声がーー
僕はへなへなとなりながら生まれたばかりの赤子を抱きかかえる。我が子の顔を眺めたそばからさめざめと泣いた。その横で、疲れ切って横たわる佳代子は、呆れた視線を送ってよこした。
その後も僕の話はつづく。
離乳食のレバーペースト食べさせているときに、息子が初めて”パんパ”と言った。パんパはパパだ。息子がパパと言った。僕は嬉しさのあまり、涙を浮かべた。すると息子は僕を見て不思議そうな顔をしてから、ピンク色の歯茎を見せながら声を出さずに笑った。その笑顔がたまらず愛おしい。僕またまた涙を浮かべた。
五年後の卒園の日。晴れ舞台の壇上で卒業証書を受け取る我が子に、DNDハンディーカムを手にする僕は、人目をはばからず涙を流した。その画像がぶれぶれだったのはいうまでもない。
僕だって泣きたいときはある。これからも節目節目で僕は涙を流すだろう。そして、その涙に、それほど大げさな理由はないはずだ。人生おける出来事が僕の涙腺を刺激するだけなんだから。
でも考えてみたら、これって、ずいぶんと幸せなことじゃないか。
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