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あれから五年……
私は秀人と幸せな生活を送っていた。
子どももできた。明日で5歳だ。
私たちの子どもは英才教育をちゃんと施したからか、難しい日本語もすぐに喋れるようになっていた。絵本を読むのが好きで、いつも静かに、楽しそうに絵本を読んでいた。
いつしか子ども部屋は本棚で囲まれていた。
秀人はどんなに忙しい日でも、必ず子どもをお風呂に入れる役割を担ってくれていた。
「じゃあ、今日は秀人、仕事休みなのね?」
「ああ、子どもは俺が見とくから」
「よろしくね、いってきます」
秀人の後ろから子どもが顔をだす。悲しそうな表情をしていたが、私は仕事に行かなければならない。
「いってらっしゃい」
今日はたまたま秀人が休みだから、子どもも家で安心できるだろう。普段なら保育園なのだが。
そうして私は家を出て行った。
――――「こんにちは。スズランが綺麗だったから秀人にあげたいと思って」
ぴーぽーぴーぽー
けたたましいサイレンが聞こえる。
いや、ちが…違うのだ、これは単なる幻聴に過ぎない。幻聴だ、幻聴だ、幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ!
そんなわけはない、まさかそんなはずはない。
ぴーぽーぴーぽー
耳を塞ごうが何をしようがこの現実は壊れない。
私はやっとのことで家の前に着く。
「弓弦ちゃんのお母さまでいらっしゃいますか?」
「…はい、そうです、弓弦の、母です!弓弦は無事なんでしょうね?!弓弦は…弓弦!!」
丁度家から運び出されてきた弓弦が、救急車に入れられる。
それと同時に秀人が救急車に乗り込もうとしている。
「秀人!どういうこと、どうしてこんなことに?!」
私は走り寄る。秀人は困惑したような表情で…
「知らない、俺のせいじゃないんだ!」
ゲンチョウダ
「何か、心当たりがあるの?!」
ゲンチョウダ
「俺は…ただ、少し面倒だっただけで…」
ゲンチョウダ!!!
「ご愁傷さまです」
私と秀人との子どもである弓弦は、あっけなくこの世を去った。
原因は、服毒だという。
「どういうことですか」と医者に聞いたら、「コンバラトキシンが検出されました。ご家庭に、スズランなどはありますでしょうか?コンバラトキシンは、スズランなどに含まれる毒です」という答えが返ってきた。
スズランには注意していたはずだ。
秀人にもよく言って聞かせた。スズランをさした花瓶の水を飲んだら死んだ子どもがいるというのを聞いたことがあるから。
秀人に問い詰めると、実は私の留守中に晴海が家に来たらしい。
晴海は玄関で秀人にスズランの花を渡したという。
――――「スズランの花言葉はね、幸福の再来、とか純粋、なんだって」
晴海は秀人に優しく笑いかけ、帰っていったという。
秀人は丁度そのときスマホゲームをしていて、邪魔されたことを不機嫌に思いながらスズランを花瓶にさして水をたっぷり入れて置いておいたらしい。
少し経つと、弓弦が「のどがかわいた」と秀人に言ったが、秀人はそのとき、大事なクエストをやっていたそうで「そこらへんの水でも飲んでおけ」と言ったそうだ。
完全に秀人のせいだった。
どれだけ私が気を付けようとも、秀人が忘れていたのでは意味がない。
「どうしてよ…」
さらに、弓弦の身体を調べたところ見えづらい箇所に多数のあざがあったらしい。それは、虐待の証だった。
秀人は、たまに休みができると一日中スマホをいじっていることが発覚した。そして、ほとんど弓弦の世話をしていなかったのだ。
更には弓弦が「かまって」をすると手を出していたそうだ。
秀人が、こんな人だなんて思っていなかった。
もう少し早く気付けばよかったのに。今日の朝、弓弦が悲しそうな表情をしていたではないか。それが弓弦からのSOSだと、何故気付いてあげられなかった?
私は泣いた。たくさん泣いた。
晴海も晴海だ。いくら私たちに恨みがあるからといって、わざわざスズランだなんて。
でもきっと、晴海は誰かを殺す気なんてなかった。ちょっとした皮肉のつもりだったんだろう。
私は散々泣きはらし、次の日には秀人と離婚した。秀人は、特に悲しそうでもなかった。
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