【春はあけぼの:02】動中静在り

1/1
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ

【春はあけぼの:02】動中静在り

 入学式当日、私、井沢景は両親と暁月(あかつき)高校にやって来た。  入学願書を提出しに来たり、入学試験を受けに来たりで新入生にとっては何度も訪れている場所だが、私のように郊外というか田舎から出て来た生徒の両親だと「一緒に来るなよ」と同行を拒否されて別行動となった場合には、駅や曲がり角に案内に立っている案内係は非常にありがたいことだろう、と思う。  我が家は幸い家族仲が悪くないので家から高校まで一緒だ。  殺風景な校門を見て母は 「見た目はなんか伊那川(いなかわ)中学と変わらんね」 と苦笑しつつも 「中府(なかくら)の学校に行くなんて言い出した時から、うちの子大丈夫かしら?と思っていたけど、なんか安心したわ」 と妙な安堵感を覚えているようだ。  父は校内の桜の木に目をやり、 「もう随分散ったね」 と残念そうな表情をしている。  私鉄を一本乗り損なったのであまり時間に余裕はないため、案内図に従い、入学式の行われる体育館へ直行した。  慣れない場所で数多く行き交う新入生と親御さんの中に、1人だけ異質なものが目に入った。  人は予期せぬものを目にするとそれを「異質なもの」と捉えるのだ、と私はこの時知った。  桜の花びらの舞う中を1人の長身の女子生徒が歩いて来たのだった。  その姿を「美しい」と言語化できたのはすれ違った後だった。  思わず振り返ってしまったが、直視しちゃダメなオーラのある女の子だと感じた。  「光あるうちに光の中を歩め」ではないが、そこだけスポットライトを浴びたように輝いていた。  私は、決して「女の子好き」な女子ではないが、あの子は素敵だな、と素直に思った。  体育館内では新入生と家族用の席が用意してあり、後方、つまり、舞台とは反対側、にクラス名簿が貼られていた。  A組の方にはまだ人集りができていたので、私は反対側から順番に名簿を見て言った。  この高校は男女混合で五十音順になっている。  私はD組だった  私の名前のすぐ後ろに同じ中学校出身の大町篤くんの名前があるのが驚いた。  うちの中学からは数人しかこの高校に進学していないのに、わざわざ同じクラスになることもあるのね。  大町くんとは中学2年生の時に同じクラスだったので人柄はよく知っている。  体の大きなバスケットボール部員で人柄も良い。かっこいいからモテる。  私なんて「井沢景は大町くん狙いで暁月高校を受験した」と陰口を叩かれたもん。  だから女の嫉妬は怖い。  絶対に女子校には行きたくなかった。  入学式の席はクラスごとに列が決まっていて自由席で順番に座って行くという非常にアバウトなものだった。  D組は前から4列目。  「い」だから左端の方に座って待っていると、1列目のA組の席の真ん中だけ「新入生代表」と紙が貼られていた。代表者なんていつ決めたんだろう?  だんだんと開会の時間が近づき、席が埋まって行く。  しかし、大町くんは来ない。  入学初日の欠席は幾ら何でもリスクが大きすぎるよ。  などと心配していると、開会時間の1分前にようやく大町くんがやって来た。  なんか足取りもおぼつかない。  もしかして、体調悪いの?  大声を出して呼ぶわけにもいかないから、そわそわしながら見ていると、出入り口のすぐそばのD組から順番に見たのが幸いして、なんとかD組の列の席の端に着席した。  大町くんの隣は、これまた5分前に入って来た茶髪のチャラそうな男子だった。  入学式が始まり、校長先生の話が始まる。  スイッチ・オフ。私は見るのも聞くのもやめる。  頭の中で今日起きてからここに至るまでに見聞きしたことを思い出す。  そうやって自分の中の引き出しを自由に使えるようにできることが私の強みだと思う。  でも、今はどうしてもさっきすれ違った綺麗な女子生徒の印象が強く、続けて大町くんの、なんというか、だらしない姿と対比される。  私は猖獗(しょうけつ)モードをやめて状況を把握する。  まだ校長先生は話をしている。  気になって大町くんの方を見るとなんかそわそわ落ち着きがない。  隣の茶髪の男子がキョロキョロしているから、もしかして一緒に可愛い子がいないか探しているんじゃないの?  大町くん、そういう人じゃなかったよね?高校デビューなの?  その後、A組の1人の女子生徒が代表で挨拶をして、来賓の挨拶や祝電の披露があり終了。  担任の先生についてD組の教室に移動。  担任は、沢野先生で、数学担当だ。  教室では名札のついた机に着く。  私の前の席は安住(あすみ)ひかりさん。私が席に着くとすぐに話しかけてくれた。  話しやすい人でよかった。  私でもよく知っている中府市内でも有名な白川(しろかわ)中学の出身だからこの高校に友達が多いそうだ。心強い。  2人で部活の希望とか話していたら、さっきのチャラい茶髪の男子が 「安住さん、高校でも一緒のクラスだね、よろしく」 と挨拶。 「川上くん、よろしくね。あ、こちらは井沢景さん、伊那川中学出身だよ」 と私を紹介してくれる。 「井沢さんね、よろしく。俺、川上。安住さんと同じ中学だったんだ」  この川上くんは、私が入学前から常々予想していた「伊那川中学ってどこ?聞いたことないんだけど」的な質問はしない。  意外と紳士的な人なのかもしれない。  そして、私の後ろの席の生徒を指して 「で、こいつが上田。社山(やしろやま)中出身」 「よろしくね、井沢さん」  すごいよ安住さん!  知り合いが次々増える。  などと話していると、ようやく大町くんが入って来た。  席を見つけて座るとすぐに川上くんから声をかけられ、私たちは互いに自己紹介をする。  沢野先生が戻ると、生徒は席に着き、各種連絡プリントと生徒会と部活連からの小冊子を受け取った。  そこで今日はおしまい。  明日は、始業式とオリエンテーション、新入生歓迎会、部活紹介、部活勧誘会。  気が乗らない。  帰ろうとすると、安住さんが途中まで一緒に帰ろうと声をかけてくれた。  何人かの女子が集まって一緒に帰った。  みんな地下鉄の途中の駅で降りてしまったが、それでも入学初日からクラスメイトと一緒に下校できるとは予想もしていなかった。  地下鉄からターミナルの中府駅で私鉄の府島線に乗り換えて伊那川駅で降りて、そこから徒歩10分で帰宅なのだが、今日は入学祝いだ、中府駅前の行きつけの書店で本を買って帰ろう。  持ち運びやすくお財布にも優しい文庫本を中心に30分ほど書店内で吟味して、結局ロバート・A・ハインラインの「夏への扉」を購入した。  意外とまだ読んでいなかったのだ。  そうして家に帰ると、「夏への扉」を早速読み、夕食を食べ、家族と今日の学校でのことを話し、床に就いた。  そういえば、学校でもらった小冊子に目を通しておくようにと言われたのを思い出しけれど、どうせ明日オリエンテーションがあるからいいや、とそのまま眠りについた。  翌朝、慣れない通勤ラッシュの波にもまれながら登校する。  始業式は、高校になってもつまらない。  校長先生の話が始まるとスイッチを落として、「夏への扉」の先の展開を予想して過ごす。  教室に帰ると、今度はオリエンテーションだ。  2年生の有志の先輩方が5人(男3女2)、教室にいらっしゃった。  まずは5人の代表者が具体的に一年間の行事スケジュールとその内容について話してくれる。  この先輩は教え方が実に上手い。この人が校長になればいいのに。  続いて、別のオリエンテーターで自治委員の先輩が、部活紹介と勧誘会の説明と注意点を話す。  端的に話してくれてありがたい。  勧誘中に何か問題があれば、赤い腕章をつけた自治委員の生徒に報告して下さい、とのこと。  そして再び体育館へ。  緞帳(どんちょう)を下ろした状態のまま、1人の長身の生徒がマイクを持って舞台に上がる。  生徒会長の萱野義哉(かやのよしや)さんだった。  うん、かっこいい。  教科書通りの「ザ・生徒会長」って感じ。  周りの女子がどよめくのが聞こえる。  この人の話し方もいい。  饒舌ではないけれど、一言一言、言葉を選んで話しているのが分かる。  良い人なんだろうな。  この人が校長先生だったら良いのに。  そのあと続いたのは合唱部。  体育館の前方、舞台よりは下に組まれた台に迅速に上がると、緞帳の向こう側から聞こえる伴奏のピアノをきっかけに歌い出す。  教科書に載ってたような曲、なんかのアニメの主題歌やJ-POPの歌をアレンジした歌で計3曲披露。  パチパチパチパチ。みんなで拍手。  私は声が低いから合唱が苦手なんだよね。憧れるけど無理。  続いて、いよいよ緞帳が上がると、吹奏楽部がスタンバイ。  どこかで聞いたことある定番曲2曲と最近のアニメのBGMらしき曲の計3曲を披露。  パチパチパチパチ。みんなで拍手。  私は楽器弾けないから無理なんだよね。  でもすごい。中学とは全然レベルが違う。  その流れで、部活紹介が開始。  まずは、舞台上の吹奏楽部の部長さんが部活紹介の挨拶。  もう言葉はいらないよね。うん、良かった。  続いて、先ほどの合唱部の歌唱で指揮をしていた部長さんが挨拶。  こちらも言葉はいらない。うん、良かった。  続けて、順番に文化系の部活から部活紹介。  ルールは、制服姿の部長1人が舞台に上がって持ち時間3分で話す。  シンプルなプレゼン・スタイルだ。  上手(かみて)では出番を待っている他の部長が待っておりプレッシャーをかけ、生徒会がタイムキーパーもしているのでどの部長さんも時間内にプレゼンしなければならないため、かなり練習して登壇しているのが分かる。  メモを見ない人がほとんどで、しかも噛まない。  皆さんの真剣さが伝わって来る。  3分使い切ると、ホッとした表情で皆さん、下手(しもて)へはけて行く。  私は文化系の部活に入る予定だったので、全ての部活紹介を真剣に聞いた。  気になった部活のブースを勧誘会で訪ねて、部員の先輩方とお話してこようと決める。  文化系の部活が終わると、次は運動部系。  こちらも皆さん穏やかに話し、「大会で三回戦まで行きました」「今部員が足りないので、入部したらレギュラー確定です」「初心者大歓迎です、僕も初心者でした」と具体的かつお決まりのようなアピールが続く。  全ての部活の紹介が終わって、時間オーバーで笛を鳴らされた部長は3人だけ。  皆さん、プレゼンがうまい。      その後、オリエンテーターの誘導に従ってグラウンドに移動。  グラウンドに大きく「コ」を二重に重ねた字型に教室の机が並べられ、外側の「コ」が運動部、内側の「コ」が文化系のブースとなる。  どの部活も「サッカー部」「バレーボール部」など部活名と書かれたプラカードを持ち、今度は服装も自由、運動部はユニフォームや揃いのジャージ。男子水泳部はまだ肌寒いと言うのに海パン一丁で胸にマジックペンで「水泳部」と書いている。文化系だと例えば茶華道部が着物だったり、科学部が白衣を着ていたり、独自のアピールをしている。  1年A組から順番に「コ」の上側からブースの間の通路を通って行き、気になる部活の話を聞き、用が済んだら通路を通って「コ」の下側から出てくる、という簡単なルール。  興味のある部活に出会えた生徒はその場で見学希望を出しても良い。  当然場所取りが重要になるが、これは毎年くじ引きで公平に選んでいるとのこと。  穏やかな「勧誘会」のはずなのだが、何やら雲行きが怪しい。  新入生が部員の多い部活のブースの前で声をかけて近づいた部員に囲まれて次に進めないのだ。  男子部だけかと思いきや、意外にも運動系の女子部や男女混合部にも同じ光景が。  それもそのはず、うちの高校は女子比率が男子の半分以下なので、圧倒的に女子部員不足の方が深刻なのだ。  人数のいる吹奏楽部や男子部員不足に悩まされがちの合唱部も運動部並みにアピール合戦に参戦している。  D組の番が回ってくると、女子の中には泣きそうな子もいる。  どうやら出席番号順に進んでいかないといけないらしい。  まあ、しょうがない。  「行くよ」と文化系の部活を希望している安住さんと一緒に文化系の部活のブースに近い内側の「コ」の方を回る。  早速、四方八方から声をかけられる。  「演劇部です」 と勧誘してきたら 「あがり症なんで無理です」 と返して 「科学部です」 という勧誘に対して 「文系志望なんで無理です」 と断った。  時々、近づく運動部も 「女子テニス部です」 と勧誘してきたら 「人前でパンツ見せるとか無理です」 と返して 「体操部です」 という勧誘に対して 「やったら絶対大怪我しそうだから無理です」 と断った。  そんな風に勧誘をことごとく退け、すぐ後ろをついて来た安住さんをうならせた。 「井沢さん、すごい!」  後ろの方では聞き覚えのある男子の叫び声が聞こえたが、ここで振り向いたら負けである。  まさに、現代のソドムとゴモラ!  その後も私はゴール目指してまっしぐら。  早くこんな阿鼻叫喚の地獄は脱出しよう、とゴールの出口がようやく見えたところで、安住さんが 「私、クイズ研究部のブースに行きたい」 と言うので、私も興味があったから 「じゃあ、一緒に行こう」 と出口二つ手前のクイズ研究部のブースに緊急ピットイン。  確か先ほど登壇していた部長だと思しき男子の先輩と話をしている。 「私、去年の高校生のクイズ大会の予選を見ました」 「あ~、あれは僕のお手つきで玲成に負けたんだよ。去年の部長の先輩が1人だったら全国行けたのに僕が足引っ張っちゃって」 「現在、部員は何名いらっしゃるですか?」 「3年が4人、2年が5人で合計9人です」 「今年も予選に出場しますか?」 「ああ、もちろん。OB・OGを呼んで学内選抜予選をして2チーム出るつもりだよ」  ものすごく盛り上がっている。  他の部員も安住さんに声をかけている。きっと会話の内容から彼女がクイズに随分と詳しい人だと伝わったのだろう。  部員が9人いて、そのクイズ大会のエントリーは2人組が2組、合計4人なんだもん。  意地悪な考え方をしたら、本当に強いクイズ選手以外はいらないよね。 「それでは私は失礼して」 とその場を立ち去ろうとした時に目に飛び込んで来たのが、その隣、出口に控えし文芸部。  目に入ってしまったからには仕方ない。  どうせ入らなきゃならない部活動ならば、趣味の延長線上にある文芸部がいいのかもしれない、と思ってはいたが、今まで見つからなかった。  あまりにも下を向いて猛スピードで突破したから見過ごしたかと思ったら、最後だったのね。  どうせ後から見学に行けば良いかな?くらいにしか思ってなかったんだけど。  ブースは机2台に椅子が2脚、机の向こう側には4人の部員が椅子に腰掛けている。  プラカードもなく、呼び声もなく、「文芸部です」とアピールしているのは机の前に貼られた「文芸部」という紙切れ一枚だけ。  机に向かっているのは2人の部員  黒髮ショートの女性が先ほど部活紹介をされた部長さん。  その隣にはメガネをかけて髪がボサボサで猫背の男子。  後ろに腰掛けているのは、1人がメガネをかけたポニーテールの女子で性格がきつそうな感じ。  もう1人は小柄な茶髪の女子。なんかチャラそう。  静かな佇まい。  いかにも地味だ。  「ザ・文芸部」って感じかな?  積極的に声をかけてくる様子もないので、部長さんに声をかける。 「あの、文芸部の活動についてのお話が聞きたいのですが」 「はい。ありがとうございます」  目元が涼やかなお顔立ちから笑みがこぼれる。  すぐさま、隣のボサボサ頭先輩もポニーテール先輩も茶髪先輩も前のめりになる。  まさに「静中動在り」。    それから、私は文芸部の活動について丁寧な説明を受け、疑問があったらその都度質問して答えてもらって、を繰り返した。  この人たちと話していて感じるのは、皆さんの日本語が正しいこと。  ちゃんと本を読んでいる人たちなんだな、と分かる。  それにこのような説明会ですら話していて楽しいのは嬉しい。 「私、実は昨年の文化祭に来ました。  その時、おそらく今この場にいらっしゃらない女性の部員の方とお話しして、部誌『文芸・東雲(しののめ)』を買って読みました。  戯曲の『輝く夕焼けを眺める日』と、論説の、、タイトル忘れたのですが、クルド人問題について書かれたのが面白かったです。  あと、おそらく中府市の何処かが舞台の短編小説。女子高校生が自殺を思い立ち、死に場所を探して歩いているうちにやっぱりやめる、あのお話は最後まで主人公の心情にのめり込んで読みました。  医学生が探偵のミステリーも、京都が舞台のびっくりするような叙述トリックのミステリーも楽しかったです」 と感想を述べた。私はこれが伝えたかったのだ。  すると、ポニーテールの先輩が表情を緩めて 「そのクルド民族問題の論説を書いたのは私だよ。2年の中野」 と自己紹介。続いて 「女子高校生の自殺の話は私。3年生で部長の飯山です」 「医学生のミステリーは僕、3年の松本。副部長です」 「叙述トリックのは私、2年の岡谷です」 と他の3人も自己紹介をされた。  これは驚いた。  昨年読んで面白かった部誌の原稿を書いたのがこの人たちだったのか! 「みんな一丁前にペンネームを使っているから分かりづらいと思うわ」 と謙遜する飯山部長。 「ところで『輝く夕焼けを眺める日』を書かれた先輩は?」 と尋ねると 「その人はもう部にいません」 とのこと。  そっか、卒業しちゃったか。 「それでは昨年の文化祭で、私がお話した女性の先輩は?」 「誰のことでしょう?分からないわ。  文化祭の当日はクラスの発表との兼ね合いもあって、シフトが組めない時には文芸部員以外に他の文化系の部活からヘルプを頼むこともありますから。  今の文芸部員はこの4人で全員よ」 とのことで、その部員さんにも会えず。  ちょっとがっかりである。 「もしよろしければ、一度うちの部に見学にいらしてください」 と飯山部長はバインダーで閉じたA4サイズの見学希望者の記名用紙(生徒会、部長連、自治会の認印付き)を私に手渡した。  登録かあ、まあここでいいかな?と思ってクラスと名前を書こうと用紙を見るとすでに1人記名している生徒がいる。 ・ 1年A組 筑間稜子  当然ながら知らない名前である。  その下に ・ 1年D組 井沢景 と書き込んだ。  実は、このあと、文芸部に期待の大型新人が降臨することになるのだが、そのことは今このブースにいる誰もまだ知らない。 「それでは、井沢さん。お待ちしてますね」 と笑顔で見送られて狂乱の場からの出口へ。  外で安住さんが待っていてくれて 「待っててくれたの、ごめん」 と謝る。 「いや、私も今終わったところだから」 と安住さんは気遣う。  私はクイズ研究部のブースが長い間空いていたことを知っていたのだ。  だが、それは言わないのが正解だろう。 「で、安住さんはクイズ研究部にするの?」 「うん、やっぱりあそこしかないね。それと、ひかり、でいいよ。じゃあ、井沢さんは文芸部?」 「じゃあ、ひかりちゃん、で。多分ね。私も景でいいよ」 「私も、景ちゃん、にするわ」  そんな感じで入学2日目の行事が終わり、教室に戻る。  だいたい、みんな戻って来ているかな?  気のせいかみんな疲れている。  いつも饒舌な川上くんと上田くんもぐったりしながら今日の惨状を報告しあっている。  以下、茶髪で真っ黒に日焼けした川上くんと丸刈りと言っていいくらいの短髪の上田くんの会話。 「サッカー部だって言ってんのにラグビー部がさあ『ならば君のキックはスタンドオフ向きだ』ってしつこくてさあ」 「バレー部だって言ってんのに『お前の髪型は柔道をやると決めた覚悟だと受け取った』って柔道部がさあ」 「あと、俺、色黒いから水泳部から、『君はいつも泳いでいるんだね、俺たちとスピードの向こう側へ行こう!』とか言われてさあ、わけわからん」 「俺もさあ、『その髪型は高校野球をするために準備して来たんだな。待ってたぞ!そういう気合の入った新入部員を』とかやたら爽やかな笑顔で言われて野球部に連れてかれたぜ」  相当悲惨だったんだなあ。男子は。    上田くんは続けた 「あと、髪型イジリで言えば『お前の髪型はレブラム・ジョーンズをリスペクトしているのか』ってバスケ部に連れて行かれそうになった。  あれ?  バスケ部といえば、大町が戻って来てねえなあ」 「あいつの場合はやばかったもんな。最初から先輩たちの目つきがおかしかったもん」  ちょうど巡回に来たオリエンテーターに川上くんと上田くんが事情を説明し、自治会が総動員して大町くんの捜索に当たった。  彼が部活勧誘会でどんな目にあったかをその時の私には知る由も無いし、知りたくも無い。 (続く)
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!