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【春はあけぼの:03】地獄八景強者戯
入学式の夜、部屋で学校紹介の冊子を読んでいた俺は、最後に掲載されていた謎の英文と意味ありげな寓話について考えた。
「 Here is neither shepherd nor goat. 」
ここにはシェパードも山羊もいない。
うちの高校にはペットの犬なんて飼ってなかったはずだし、動物舎もない。
自明の理をいちいち英語で書く理由がわからない。
次のページの寓話の意味は俺でもなんとなくわかった。
なぜなら、この村で起きたことと似た状況を中学時代に経験していたからだ。
あの事件は、俺が学級委員をしていた中学2年生の前期だ。
あの時はなんとか「長」を追放せずにすんだ。
この「在校生からの寄稿文」は、きっとロシア民話か何かの引用じゃないかなあ、と勝手に想像する。
うちの高校の生徒は色々な中学から集まった仲間だけど、うまくまとまりなさい、という先輩方からのメッセージなのだろう。
それ以上考えても仕方ないので、俺は寝ることにした。
翌朝の始業式。
クラスごとにテキトーに並び、立ったまま校長先生のお話を聞く。
昨日の疲れが残っていて眠く、何度かオチた。
思い出して、入学式前に桜の幼木の前で出会った女子生徒を探したが、見つからなかった。
もしかして、あの人は俺が入学式の雰囲気と桜の花びらの舞う光景にあてられて見た白昼夢とか幻覚だったのかもしれない。多分そうだ。
桜の木の下には死体が埋まっている、と言われるが、俺は幽霊を信じないので幽霊説は却下だ。
教室に戻ると2年生のオリエンテーターがやって来て学校行事の説明をする。
次に自治委員の先輩が部活紹介と勧誘会の説明をする。
困った時には赤い腕章をした自治委員を探して報告するように、とのこと。
俺はバスケ部に決めているから、どんな勧誘をされても関係ない。大丈夫だ。
再び体育会に戻って、新入生歓迎会が始まる。
まずは、生徒会長の挨拶。
こんな自由な学校を取りまとめようという生徒だ、その優男っぷりとは相反する強い信念を持っているのだろう。
機会があれば一度お話してみたいものだ。
続いて、合唱部と吹奏楽部の演奏と文化系部活動の部活紹介。
全ての部長さんたちが自分の部の紹介をテキパキこなしているのがすごい。
そして、待っていました、運動部の紹介。
何人かの部長が登壇した後、バスケ部の部長が登壇した。
3年の辰野部長はポイントガードで、チームで唯一、県の選抜チームに選抜されたうちのエースだ。
昨年のインターハイ予選4回戦の、優勝校・陸西大附属高校との対戦ではトリプルスコアで負けた時でさえ、辰野先輩のドリブル・ペネトレイトは止められなかった。俺は応援に行っていたから知っている。
あっという間にバスケ部の紹介は終わる。
まあ、後でゆっくり話を聞けばいいや。
そして、グラウンドに出ると、2重の「コ」の字型に机が並べられており、運動部は外側の机の並びだ。
たくさんの運動部員たち、ユニフォーム姿、ジャージ姿、道着姿、水着姿など、が見える。
1年A組から順番に「勧誘ゾーン」に入っていくが、早速次々と1年生が先輩たちと各部活のブースに向かっている。
みんなも俺と同じように入る部活を決めているんだな。みんな気合が入っているぞ。
俺も負けないぞ!と気合を入れ直した。
1年D組の順番が来た。
出席番号順に進んでいく。
井沢さんは安住さんと一緒にどんどん先に進んでいく。先輩たちが近寄ってもすごい塩対応で内側の「コ」の字を突き進む。
俺も上田と川上と「勧誘ゾーン」に入っていった。
上田はバレー部、川上はサッカー部、と3人とも目的が決まっているので、そのブースを探していると、いきなり上田が柔道着を着た部員たちに囲まれて連れて行かれた。
「え?」
と振り返ると、川上がラグビー部員たちに持ち上げられて運ばれていった。
「何これ?」
俺は慌ててバスケ部を探すが見つからない。
その代わりに、あの桜の幼木の前で出会ったアッシュの女子生徒の後ろ姿が目に入った。どこかの部活のジャージを着ている。実在したんだ!
「あ、あのう」
と声をかけようとすると、突然行く手を学校指定ジャージ(1年生とは色が違うから2・3年生だろう)の5、6人の男子生徒に遮られた。
「何?」
と後ろを振り返ると、同じく学校指定ジャージの男子生徒が退路を塞いだ。
全員体がゴツくてデカい。
すると
「今だ!」
との掛け声とともに腹に強烈なタックルが入り、体勢が崩れたところを両手両足と胴体を抱えて持ち上げられ、そのままどこかへ運ばれた。
「放してくれ~!」
と叫んでも移動速度は落ちない。
そのまま俺は、グラウンドの端にある体育倉庫へ連れて行かれて。椅子に座らされた。
「乱暴なことをしてすまない。
とりあえずそこに座ったまま少し待ってくれ」
そこにいる先輩らしき人が言う。
「これは何なんですか」
と尋ねると、
「有望な新入生に対する俺たちなりの歓迎だよ。
あんなごちゃごちゃしたところではゆっくり話もできない。
だから、ここに来てもらった。
俺も経験者だから、決して暴力は振るわないことを約束する。
だから、話が済むまで座っていてもらえないか」
と説明を受ける。
恐らく無理に逃げようとしても逃げられないように策は練ってあるだろうから、俺は黙って座っていた。
すると、俺と同じように次々に新入生が運ばれて来る。
最終的に4人の新入生と10人の3年生が揃った。
俺以外の3人の新入生も、俺と同じくガタイがいい。
みんな怯えていたが、俺は
「大丈夫だ、暴力は振るわないと言っていたぞ。
とりあえず話を聞けば解放される」
と小声で励ました。
先輩たちは、俺たちのクラスと名前を再度確認した後、縦線を10本引いた紙に全員で横棒を付け足してあみだくじを作り、中央を折りたたんで隠すと下に左から順に数字を入れ、やおらジャンケンを始める。
勝ったものからあみだくじの上の部分に部活名を書き入れて、やけに盛り上がりながら開票。
俺たちを倉庫の四隅に分けて座らせると1番から順番に「ラグビー部 大町くん」という具合で新入生の名前を呼び始めた。
早い話がドラフトをしたかったわけである。
結局、俺の前には5人の先輩、他の奴には1人か2人の先輩が並んだ。
より順位の高いものから順番に新入生と1対1で話せる、というルールのようで、順番を待っている先輩方は一旦退出する。
何で俺にばっかり指名が集中しているんだ?と最初は思ったが、よく考えたらそれもそのはず、先輩たちには俺の情報なんて全くないからだ。
他の奴はすでに中学時代から有名な選手かもしれないし、中学校OBの情報網でチェック済みかもしれない。それならば入部先もほぼ確定するから指名する部も限られる。
俺のような無名の中学校出身だと情報がない分、「もしかしたら入部してくれるのでは?」という期待も増える。
俺の前に椅子が置かれ、一際ゴツい先輩が腰をかけた。
「どうだい、大町くん、ラグビー部に入らないか?」
先輩からド直球の勧誘が始まった。
「うちの県ではラグビーを高校から始める選手が多い。
君の体格ならフォアードにもバックスにもなれる。
今なら即レギュラーも夢じゃない。
どうかな?」
目上の先輩相手に無下に断るのも良くないので話は聞いたが、俺の決心は揺るがない。
「すみません、先輩。僕はバスケ部に入ることに決めているので」
ちなみにこの場にバスケ部員はいない。
「そうか。君はバスケをやっていたんだね。
だけど、バスケ部は所詮、県予選の4回戦止まりだ。
うちは昨年ベスト4まで行ったんだ。
花園だって夢じゃない。
ラグビー部で一緒に全国を目指さないか?」
そう言って、先輩は生徒会・部活連・自治会の認印の入った見学希望者リストをちらつかせる。
先輩の熱いラグビー愛語りはその後、30分ほど続いた。
すると
「おい、時間だ!」
と次の先輩が入ってくる。30分がタイムリミットのようだ。
次の先輩からも同じようなお話を受け丁重にお断りして、それでもまた押されを繰り返してタイムアップ。
その頃には他の3人は先輩と固い握手をして次々外に出て行った。
きっと彼らは最初から入部の意思が固まっていたのだろう、と思いたい。
気のせいか涙目の奴もいた。見なかったことにしよう。
さらに、3つ目の部活から勧誘を受けたが俺は折れない。
最後、4つ目の部活の先輩と話している最中に倉庫の外で争う声が聞こえる。
「開けるぞ!」
という声とともに扉が開けられた。
赤い腕章をつけた自治委員が助けに来てくれたのだ。
1人の自治委員に付き添われて俺は教室に戻る。
もうみんな帰ってしまったようだが、川上と上田が残って待っていてくれた。
2人は俺以上にボロボロになっていた。何があった?
「とりあえず疲れたから、駅前のファミレスにでも行こうぜ」
と川上が提案し、俺も上田も賛成する。
ファミレスで今日のお互いの苦労話をしあった際に知ったのだが、毎年必ず形を変えて密かにこのような通称「監禁ドラフト」は行われているようで、その集団に狙われたら、どこかに入部させられるのが運命なのだそうだ。
過去に、そこから無事に脱出できたものはほとんどいないらしい。
俺としては、先輩の話を聞き、なおかつ決心を変えなかっただけなのだが、川上も上田もやたらと持ち上げてくれた。
実際、俺の知らないところで、今回の件が原因となり全校的に「1年D組の大町篤」の名は広がることになるのだが、そんなことをその時の俺は知らない。
とにかく、今日は長い1日だった。
帰宅して夕飯を食べて風呂に入った。
部屋で寝る準備をしていると、姉貴がノックをして部屋に入って来る。
「バスケ部、どうだった?」
と訊くので、
「あっ、行けてない」
と思い出す。
「あんた、今日1日何やってたの?」
と呆れられたが、返す言葉もない。
「慣れない電車通学で疲れてるでしょ、早く寝なさい」
と珍しく労いの言葉をかけて姉貴は出て行った。
ベッドに入って、先輩たちに拉致される前に一瞬見かけた「あの子」のことを思う。
やはり学内にいた!
どこかの部のジャージを着ていたからすでに部活に入っているのだろう。
ということは、1年生じゃなくて先輩だったのか!
1年生ならば話しかけやすいってわけじゃないけれど、先輩ということならばさらにハードルが高くなったのが確実なので、考えただけで少し気が遠くなった。
それでも、今日という日は「あの先輩」に再会できただけで、素晴らしい1日だったと思いたい。
(続く)
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