【春はあけぼの:04】心は境界を超えて

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【春はあけぼの:04】心は境界を超えて

「大町くん、先輩がお呼びですよ」  俺、大町篤はクラスメイトから呼ばれた。  「監禁ドラフト」の翌日。  今日もオリエンテーションがあるので普段通りに登校する。  しかし、教室に入った途端、視線を感じる。気のせいかうちの教室の廊下に人だかりが出来ている。  何かあるのか?と見渡すが、周りにこれといって変化はない。  川上も上田もまだ登校していないのでぼんやりと窓の外を見る。  もしかしたら?と中庭を見渡すが「あの先輩」はいない。  声をかけられたのは、そんな風にぼんやりしていた時だ。 「はい」 と答えて声のする方を見ると後ろの扉のところに一人の先輩がいる。  あれ?と思って二度見した後、ダッシュでそこへ向かう。  俺を呼んだのは、バスケ部キャプテンの辰野先輩だ。 「はい、大町篤です。何かご用ですか?」 「3年でバスケ部部長の辰野だ。君がバスケ部に入部希望だと聞いて、挨拶に来た」  え?なんで先輩の方から挨拶に来てくれたんだ?普通は逆だろ?と驚いていると 「で、まだバスケ部への入部は考えていてくれるか?」 「はい、もちろん」 「そうか、ありがとう。  練習参加は来週の水曜日の6限目からだが、見学はいつでも大歓迎だ。  もしよろしければこれに記入を頼む」  持参した見学希望者記名用紙を渡されたので、その場で記名する。 「ありがとう。  来週の水曜日までに仮入部届の提出も頼む」 「はい」 と答えて、俺は最敬礼で先輩を送った。  それにしても辰野先輩自らがわざわざ俺のところに勧誘に来たのだろう?  俺はそんなに凄い選手なんかじゃないのに。  とても嬉しい一方で、頭の中が疑問符でいっぱいになった。  その日は担任の沢野先生からカリキュラムの説明があった。  うちの高校は進路によるクラス分けは文系コースか理系コースの2つしかなく、3年生になって文系クラスと理系クラスに分かれるのだそうだ。  だから今から慌てることはない。  俺は自分の進路に関してはまだ何も決めていない。  その後、クラス委員を決めたが、これも立候補者が数名出たので選挙を行い1人の女子生徒に決まった。  みんなそれまでの学校生活のどこかで学級委員や生徒会などの経験がある生徒が多いと思われるが、案の定、他の委員の職もどんどん決まっていった。  俺は背が高いので美化委員になった。  高いところに手が届くからだ。  今日は午前中だけで解散。  俺は早速、午後にバスケ部の練習を見学に行くことにしたので、購買でパンを買って大急ぎで食べて、早速体育館へ見学に行った。  体育館はバスケットコート2面の広さしかない。  体育館を使う部活の数が多いので、曜日ごとにコートを分け合って使うようだ。  今日は、1面に男子バスケ部と女バスケ部、もう1面に体操部と卓球部が使って全ての部で練習が始まろうとしている。  俺は男子バスケ部の練習するコートへ直行すると、辰野先輩が俺を見つけてくれる。挨拶をして、今日の練習を見学する許可を得た。  体育館の壁際のサイドライン側には他の見学者もいる。  俺も一緒に並んで練習を見ているが、気のせいかあちこちから視線を感じる。  服装を確認したが裾が出ているとかチャックが開いているとか特に変なところはない。  練習開始前に各々でウォーミング・アップを済ませてある先輩たちはドリブルシュートから練習を始める。  さすがにレイアップシュートは外さない。  引き続いて、1on1が始まる。  熱のこもった練習に魅入られる。  特に辰野先輩のドライブは凄い!  暁月高校に来てよかった!    と思って額の汗をぬぐった瞬間、  右目の視野の外側に違和感、いや、見覚えのある光を感じた。  その方向へ視線を移すと、そこには入学式の日に桜の幼木の前で出会った「あの先輩」がいた。  そうか、女子バスケ部だったのか!  やっと会えた。  なんか目がうるうるして来た。  すると、「あの先輩」は振り返り、偶然、俺と目が合う。  そして、微笑む。  俺は思わず、声を出しそうになるが、その時、 「集合!」 というキャプテンの厳しい声が聞こえたので他の見学者とともに部員の周りに集まった。  顧問の先生がみえたのだった。  男子バスケ部の顧問は駒根(こまね)先生で英語の担当だ。  公立高校には運動部の専業監督はいない。  顧問といってもお飾りに過ぎないことが多いと聞く。  しかし、駒根先生は違う。うちの高校のOBでインターハイ出場経験がある。  昨年のチームも別に辰野先輩のワンマンチームじゃなくて、駒根先生の指導により無名の選手たちを育て県予選4回戦まで引っ張っていったのだ。    その後も、先生の指導の元、3on3、ハーフコート・ゲームなど熱のこもった練習が続く。  見ているだけで燃えるぜ!  俺は、練習の見学に集中している、はずだ。  それなのにセンターラインの向こう側でプレイしている「あの先輩」の姿にも心惹かれる。  目で追っているつもりではないのに、彼女の佇まい、彼女の軽やかなステップワーク、彼女の美しいシュートフォームが脳裏に焼きついている。  認めるしかないかな。  俺の心はセンターラインの向こう側へ行ってしまっている。  そうしてモヤモヤを抱えたままの俺だったが、先輩たちに叱られることもなく無事練習の最後まで見学することができた。    コート掃除は入部してから、ということで、先輩たちよりも一足早く他の1年生と一緒に帰って来た。  「これからよろしくな」と挨拶したが、なんというか、全員がまるで俺のことを先輩のように扱うのが気になった。  俺はそんなに老け顔じゃないぞ。  家に帰ると、部屋に入るやいなや姉貴がノックして入って来た。 「なんだよ、今から着替えるんだけど」 「あ、ごめん。あんた今日は遅かったね。なんかあった?いきなりグレた?」 「違う、違う。今日は部活の見学だよ」 「え!もう部活見学に行っちゃったの?じゃあ明日から練習参加?」 「いいや、見学は一度だけでいいって。練習は来週の水曜日から」 「あっそう?  ならさあ、明日の夕方なんだけど、コンサートのチケットが余ってるからあんたも来てくんない?」 「何のコンサート?」 「質問に質問で返すな」 「わかったよ。予定は空いてる。だけど明日は夕方まで講演会があるから学校から会場に直行になるけどいいか?」 「よし。  元々は友達と行こうと思ってチケット取ったんだけど、その子が急に来られなくなったからさあ、無駄にするくらいならあんたにあげようと思って」 「だけど、俺、制服のままだぞ?うちは姉貴んとこみたいに私服登校OKじゃないんだ。  多分、制服でコンサートに行ったくらいで処分食らうような高校じゃないと思うけど、会場的には学生服の奴がいて大丈夫なやつなのか?」 「大丈夫、大丈夫だって。ほら」  姉貴がようやく見せてくれたチケットに書かれた公演の内容は、、、俺が好きなアーティストのアコースティック・ライブだった。 「それ、俺も好きなやつじゃん。姉貴も聴くのか?」 「別に私が好きとかそういうんじゃなくて、友達が『これ、いいよ』って勧めてくれたんだって」 「あっ、そうか」 「じゃあ、明日、17時に中府駅前の正清堂書店の新刊コーナーで待ち合わせね」  それだけ言うと、姉貴は足早に部屋から出て行った。  その後、俺はすぐに風呂に入ったので、壁越しに漏れ聞こえてくる「姉貴の鼻歌」なるめずらしきものを聴くことはなかった。  翌朝、学校に出かけようとしていると、着替え終わって2階の部屋から降りて来た姉貴と鉢合わせた。  いつもより準備が早いな。 「どう?」 「いいんじゃない?」  俺はそのまま家を出たので、廊下でガッツポーズする姉貴の姿を見ることもなかった。  学校に着くとやはり視線を感じる。  今日は早めに登校しきた川上と上田と、昨日のバスケ部の見学の話をした。  もちろん女子バスケ部の「あの先輩」の話は恥ずかしくてしていない。  昨日は川上がサッカー部、上田はバレー部の見学に行ったようで、二人ともなかなかの手応えだったそうな。  それから、川上はサッカー部で流れていた噂を俺に話した。 「サッカー部の先輩たちが話していたけど、実はこの前の『監禁ドラフト』の後で、大町を説得しようとした5つの部の代表がバスケ部の部長のところへ詫びに行って『大町はバスケ部で大切に育ててやってくれ、俺たちからもよろしく頼む』とお願いしてたんだってさ」  道理で辰野先輩が俺なんかのことをVIP待遇で扱ってくれたわけだ。  まあこれとて、入部してしまえば消えてなくなるとわかっている。  続けて、上田が言う 「バレー部では『監禁ドラフト』から無事に帰還した大町のことを『砂漠のカーリマン』とか『ダイ・ハード』とか『ジェダイの帰還』とか呼んで勇者扱いしていたぞ」  俺の知らないところでそんな変な二つ名がついたのが、最近やたらと人の視線を感じる原因はそれだったか。  合点がいった。  怖いのは、話に尾ひれがついて、「大町が先輩5人をシメた」とかいう武勇伝になることだったが今の所は大丈夫そうだ。  俺は暴力反対だ。  今日のオリエンテーションの予定は退屈そうだ。  だが、俺の高校生活にもたまにはこんな平々凡々とした1日があってもいいだろう。  あ、そうだ。  今日は姉貴とコンサートに行くんだった。  コンサートはとても楽しみだが、元々一緒に行くはずだった姉貴のお友達は残念だったな、と少し心に引っかかる。 (続く)
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