【春はあけぼの:06】飛ぶ球を打ち落とす勢い

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【春はあけぼの:06】飛ぶ球を打ち落とす勢い

 4月も下旬に入り、もう少しでゴールデン・ウィークだ。  俺、大町篤はさすがに高校生活にも慣れ、部活にも慣れて来た。  高校1年生のゴールデン・ウィーク明けは、五月病になる生徒が多いと姉貴が言っていたが、俺には関係ないと思う。    長い時間をかけて先輩方にそれとなく女子バスケ部の「あの先輩」のことを訊いてみたら、名前とクラスを教えてくれた。    2年F組 諏訪遥香(すわはるか) というのだそうだ。  うまく言えないが、その名前を初めて聞いて、とてもしっくりくるのを感じた。なぜか腑に落ちた。  そもそもそれが「あの先輩」の名前なのだから当たり前なのだが、不思議な感情である。    名前がわかるだけでこんなにも嬉しいもんだとは知らなかった。  相変わらず俺は遠くから眺めているだけだが(決して、ガン見はしてない)、それ以上は望めないのだろうな?と達観していたりする。  朝練が終わって席に着いてから、そんなことをぼーっと考えていたら、担任の沢野先生が入って来た。  川上は遅刻だ。  朝のホームルームで五月中旬に行われる球技大会の話が出る。 ・ 男子は、バレーボール、バスケットボール、ソフトボールの3種目 ・ 女子は、バレーボール、バスケットボール、ソフトボールのうちの2種目 ということで、メンバー決めと女子の種目決めは帰りのホームルームで行うことになった。  そういうことをテキパキ決めていくところが、この学校の好きなところだ。  1限目が終わり、休み時間になると、俺の前の席で1限目の授業も聞かずに何やらノートに書いていた上田が俺の方へ体を向けて、川上を呼んだ。 「で、何なんだ話って。誰か可愛い子を見つけたのか?」 「女子に迷惑がかかる話なら俺はお断りだぞ。覗きとかはダメだ」 と二人でバラバラの方向の予想を立てているが、そんなことは意に介さずに 「今度の球技大会、俺らでドリームチームを作ろうぜ!」 「は?」  俺と川上が呆気にとられる。 「俺たち3人とバレー経験者を揃えて最強チームを作ろうぜ、ってことだ」 と上田は構想を明かす。  うちの高校の球技大会には、その競技の部員は2人までしか出てはいけない。  部員の分布状況によっては、不公平になるからである。  だが、「バレーボール経験者」っていうのはカウントされない。  先ほど必死に書き込んでいたノートを見せながら上田は言う。 「そこでそのルールに基づいて俺が1限目に考えたのがこのメンバーだ。  まず、バレー部の俺と鹿田だ。  鹿田はセッターだから絶対外せない。  あと、川上と大町。お前らスパイクくらい打てるだろ?」 「打てるぞ」 と俺は答えるが、川上は 「俺は打ったことない。だが俺には他の奴にはない武器がある。わかるか?」 「左利きだろ?」  上田はあっさり答える。 「お前がオポジットのポジションをこなせれば、これは大きな武器になる。  それにな、バレーボールは足でレシーブしてもいいんだ。  お前は秘密兵器であり、エース、いや、スーパーエースだ。  このチームの命運はお前にかかっていると言っても過言ではない。  大会までに特訓するぞ!」 「よっしゃ!  スーパーエースの座は俺のもんだ」  川上、お前チョロいな。  上田の構想はまだ続く、 「体操部の古賀はバレーボール経験者だ、リベロをやってもらおう。  剣道部の横手とハンド部の深間はふたりともデカい。  この二人にはミドルブロッカーをやってもらおう。  あと、控え選手、いや、相手によってはスターターでもいいかな?陸上部の国師はジャンプ力もあって運動神経がいいぞ、あいつは社山中出身だから知ってる。」  俺たちも異存はないので、早速メンバー集めを行って上田セレクションのチート・チームを結成し、帰りのホームルームで承認された。  その晩、夕食時に球技大会の話をしたら、「なんか熱血展開になってきたね」と両親も笑っていた。  部屋に戻って翌日の英語の予習をやっていると、ドアがノックされ姉貴が入って来た。もう文句を言う気力がない。  すると姉貴から 「あんたの高校の球技大会って父兄も観戦できるの?」 と謎の質問が飛んでくる。 「父兄という定義に姉貴が含まれるかどうかは知らないけど、学内行事だからダメだ!」 「え~、なんで?見せても減るもんじゃないじゃん」 「なんで姉貴がうちの高校の球技大会見たいんだよ?  平日だぞ、姉貴だって授業があるだろ?」 「だって、暁月高校の球技大会と体育祭は熱く燃え上がるって評判だから興味あるのよ」 「ダメなもんはダメだろ?諦めろよ」  姉貴はまだ渋っているが、話題を切り替える。 「ところでさあ、一般開放されてる文化祭って、何やんの?」 「1年は教室で小劇場演劇、2年生は体育館で演劇、3年はクラス展示だ。  あとは文化系の部活の発表会だな。  他には、学内生徒を対象にしたクイズ大会と後夜祭があるぞ」 「実はね、私、去年の暁月の文化祭に行ったんだよね。  高校のクラスの子の友達が暁月に通っていたから。  あんたの行きたい高校がどんなところか一緒に見に行ってたんだ」 「初めて知ったわ。  で、姉貴の感想は?」 「なんか全体的に構造がごちゃごちゃしててわかりづらい高校で、人混みがひどくてクラス展示とか1年生の教室演劇とかとても入れなくて体育館でやってた2年生の演劇を1つだけ立ち見で観た。  生徒が脚本を書いた演劇だったよ」 「オリジナルの脚本を書ける人が校内にいたのか!?  で、その舞台はどうだった?」 「一言で言うと、ひどかった。  脚本は悪くないと思うのよ。  でもね、現代の若者の群像劇なのに、服が中世の西洋風で、舞台美術や小道具が未来デザイン。  芝居の間とか音響効果とかちぐはぐで芝居もひどい。  しかも、その下手くそな役者が途中で芝居を諦めて捨て鉢になっていたのよ。  途中退席する人が続出して、なんか観てて痛々しかったなあ」 と姉貴は忌憚のない意見を述べる。  口は悪いが普段は他人のことを悪く言わない姉貴にしては強い口調だった。  きっと思うところがあるのだろう。   「あんたのクラスも今年、教室で演劇するんでしょ?  そんな風にしちゃダメだよ、絶対に。  一生悔いが残るから」 と、アドバイスもいただく。 「確か去年の学祭のパンフレットをまだ持ってると思うから探しておくわ」  そう言い残して姉貴は部屋から出て行った。  その翌日から上田が修羅と化した。  昼休みには体操着に着替えて空いている屋外のバレーコートでひたすら練習する。昼飯は3限と4限の間の休み時間に早弁する。  オーバーハンドパスとアンダーハンドパスから始まり、サーブ、スパイクを基礎からみっちりと教えられた。  ゴールデン・ウィーク明けに入るとダイビングレシーブやバックアタック、ジャンプサーブまでマスターさせられた。  チームプレイも練習し、特に、球技大会で素早いトスを上げる奴はいないという判断で、徹底したリードブロックが叩き込まれた。  「孫子の兵法」ではないが、この時点で俺たちの勝利は決まっていたと思う。  球技大会は体育祭と同様に縦割りで争うので、2年D組・3年D組とチームを組んで争う。  各チームがチームカラーを決められており、たすきやハチマキやTシャツの色を揃えて試合に臨む。  俺たちは男女共ビブスを選んだ。  番号が付いてあるが、それは出席番号だ。  上田3番、大町4番、川上5番。  なんかチームっぽい並びだ。  縦割りのD組のカラーはワインレッド。  クリーブランドのチームカラーだ。  ”キング”ことレブラム・ジョーンズの大ファンである俺はそれだけで燃える。  クリーブランドの4番はイマール・シャンポリオン。とてもガッツのある選手だ。  彼のプレーを思い出すだけで、力がみなぎる。  球技大会のバレーボール試合は12点先取の3セットマッチで、リベロ使用可。  ○ 1回戦、E組戦:12ー6、12ー4でストレート勝ち。  気合の入りまくりの「秘密兵器の左」は不発に終わったが、皆の献身的な守備により粘って繋いで勝利した。  ○ 準決勝、B組戦:12ー4、12ー3でストレート勝ち。  またしても川上の「左」は不発に終わったが、川上の「足技」は冴え渡り、リベロの古賀と二人で鉄壁のディフェンスを見せた。  うちのチームにはバレーのリベロとサッカーのリベロがいるところがミソなのである。  ボールを落とさなければ負けない。  上がったボールは鹿田が俺か上田にトスを上げる。  それで大抵は点が取れる。  決まらなくてもブロックで粘って、また拾えばチャンスがある。  短期間にこんなにも練度の高いチームを作った上田はすごい奴だ。  俺たちは決勝戦まで残ったが、男子はバスケは1回戦、ソフトボールは準決勝で負けた。女子はバレーが1回戦、バスケは準決勝で負けた。  自分の試合が終わった生徒はみんな応援に来てくれる。  2、3年のD組の先輩たちも応援に駆けつけてくれた。  D組以外の生徒たちも「1年D組のバレーチームのチートっぷりがすごい!」と話題になったみたいで、決勝戦には大観衆が集まった。  相手は、1年F組だ。  当然、2年F組や3年F組の先輩も相手の応援に駆けつけている。  その中に諏訪先輩がいるといいなあ。  いや、いかんいかん。  諏訪先輩の姿を見ると俺は腑抜けてしまうのだ、とようやくわかった。  だから今は彼女の姿を探してはいけない。集中しろ、俺!  大観衆の中で試合が始まった。  こちらにリベロの古賀がいるように、向こうにも小柄な茶髪のうまいリベロがいてなかなか点が取れない。  しかも、セッターがレフトの俺か上田にしかトスを上げないことを見抜かれていて、ブロックが必ず3枚付く。  3−3でこちらのサーブになった時、上田が鹿田に目で合図をした。 「今だ!」  サーブが入り、チャンスボールが入ってくる。  相手のブロックがレフトの俺に3枚付いてくる。  俺は上から打ち抜いてやるくらいの勢いでジャンプした。だが、トスはこない。  次の瞬間、「バシン!」と音を立ててボールは相手コートへ落ちた。  ついに「秘密兵器の左」解禁である。  川上が吠える。  周りの男子生徒たちから 「おい、あいつ左だぜ!なんかかっこいいな」 とか言われていたが、それよりも女子からの 「キャー、川上く~ん」 と言う黄色い声援の方が川上を燃え上がらせるだろう。  いきなりコート内に現れたオポジット、いやスーパーエースのため、その後はF組の守備が崩壊。  最終的には、12ー3、12ー2 で圧倒して優勝をもぎ取った。  川上のおかげで相手のブロックがばらけてから俺もかなりのスパイクを決めたので 「やっぱ、1年D組の大町は半端ない」 と株を上げた、ということを後日、バスケ部の先輩から聞いた。  総合優勝はF組チームに決まった。  うちのクラスで勝手に選んだ1年D組のMVPには満票一致で、プレイング・マネージャーの上田が選ばれた。  その日は打ち上げでクラスのみんなとカラオケ屋に行った。  上田も川上もノリノリで歌っていた。  俺は歌わなかったけど、楽しかった。  家に帰って、部屋に入ると机の上に付箋のついた雑誌みたいなのが置いてある。  あ、またファッション誌か、と最初は思ったが、なんか紙質がしょぼいなと思いつつ手に取ると、昨年の暁月高校の文化祭のパンフレットだった。  付箋のついたページをめくると、2年生のクラスの演劇紹介があった。  この舞台を姉貴は見たのかな。  ふむふむ。 ◎2年C組演劇 「輝く夕焼けを眺める日」  脚本:佐倉真莉耶  舞台監督・演出:長和章一 <あらすじ> :一軒家を借りて、共同生活をしている男女4名。  小説家、映画監督、女優、歌手それぞれの夢を追って生きている。  ある年の春に1人の大学生が仲間入りする。  それによって揺れ動く若者たちの友情や恋愛感情。  青春の日々の先にあるものは希望か?はたまた絶望か? (続く)
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