【夏は夜:01】らくだが死んだ

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【夏は夜:01】らくだが死んだ

「さて、ここに馬という名前の男がございまして、これをあだ名してらくだと申します」  そう須坂くんは語り始めた。  私、井沢景が高校に入学して初めての定期試験が終わった。  私たち文芸部員は部室に集合して、駅前のファミリーレストランで昼ご飯を食べながら打ち上げと称した雑談会を開くことになっていた。  この暁月(あかつき)高校は今時珍しい二期制をとっており学生の自主性を重んじて勉強を学校側が強要しない自由な校風なので、入学してから夏休みの間にある試験はこの6月の前期中間試験のみ、それを乗り越えればあとは夏休みを待つばかり、とプレッシャーから解放されるのである。  高校で行われる試験は前後期の中間・期末試験と夏休み明け、冬休み明けの実力テストの計6回だけである。  私の家の近くにある高校はどこも毎月のように学校の試験がある厳しい校風のところばかりだったので、私は自由を求めて家から遠い中府(なかくら)市内の高校へ進学したのだ。  今日は、試験最終日で「数学I」「英語(英文法)」「公民科・現代社会」の試験があった。  手応えは、全体的にイマイチかな。  うちはそれなりの進学校なので一応覚悟はしていたが、数学の問題が難しかった。学校指定の参考書よりもレベルの高い問題がいくつかあった。  英語は普段から予習・復習をしていたのでさすがに困らなかった。  現代社会は、私のクラスの担当が倫理の先生なので思想史に関する記述問題が多く「とにかくたくさん書いちゃえ」と頑張ったので手が疲れた。  試験が終わるとホームルームもなかったので教室を後にし、文芸部の部室へやって来た。  部室は図書館の隣の会議室を利用している。  図書館が隣なので大騒ぎすることは厳禁だが、飲み物を飲んだりやお菓子を食べたりすることは黙認されているので嬉しい。  私が部室に一番乗りかと思ったら、すでに須坂公太くんがいた。  須坂くんは1年生の男子部員でF組。わたしはD組なのでクラスは違う。  私よりは背が高いが男子生徒にしては背が低く、髪を茶色く染めて一見チャラいが、彼が最も文芸部員っぽかったりする。  というのも、彼は中学時代からすでにWeb小説を発表している、ネット小説家だからだ。  彼の描くものはエンタメ小説、ライトノベルといったものが多いが、読むものは私と同じで広い範囲のジャンルを読んでいるので話が合う。  ネット小説の方もそれなりに読者がいるようだ。  私も読んでみたけど、私にはライトノベルはあまり合わないかな?ごめん。 「須坂くん、試験どうだった?」 「ダメだった。数学が特にね。英語も自信ない。現代社会はまあまあかな」 と肩をすくめる。  ちなみに彼はこの中間試験において、数学・理科の全科目で赤点を取るという偉業を達成する。  最初から私立大学の文系志望らしく、理系科目を勉強する気がないのだ。  などと話していると、扉が開き、もう1人の生徒が入って来た。  1年A組の女子部員・筑間稜子(りょうこ)さんだ。  筑間さんは、長い黒髪の和風美人で女子にしては背も高い。須坂くんとあまり変わらないんじゃないかなあ?  綺麗な黒髪は、くせっ毛の私からすれば羨ましくてたまらない。  中学時代はテニス部に所属していてかなりいい選手だったそうな。  ご家庭の事情もあって高校では拘束時間の少ない文芸部に所属している。 「こんにちは」 と笑顔で挨拶する稜子ちゃん。(私はそう呼んでいる)  優しい彼女は、私たちを気遣って試験の手応えを聞かない。 「昨日はさあ、現代社会の教科書で中東情勢のところを読んでいたらさ、砂漠の風景の写真が載ってたんだよ。砂漠といえば、らくだだろ?つい『らくだ』のDVDを見ちゃってさ。大ネタだったから1時間近くかかっちゃって勉強が足らなかった」 と責任転嫁する須坂くん。 「砂漠でらくだ、となれば梓崎優の『叫びと祈り』でしょ?」 と私が返すと、 「それ小説?  そうじゃなくて、古典落語の『らくだ』だよ。有名な演目なんだ。  どういう話なのかな?と思って、親父の落語コレクションからDVDをこっそり借りて部屋のパソコンで見たんだよ」 「どんなお話なんですか?」 と稜子ちゃんが興味を持った。 「え~とね、こんな感じに始まるんだ」 と須坂くんが、おもむろに椅子の上に正座をしてミニタオルとボールペンを手に演じ始めた。 「さて、ここに馬という名前の男がございまして、これをあだ名してらくだと申します」  私は「らくだ」という落語を初めて見るので須坂くんの演っているのが正しいのかどうかわからない。  が、声色を変えて、上下を振って一所懸命にやっているのを見ると、「この人、本当に覚えたんだ、試験前日に、、、」と須坂くんのあくなき好奇心に敬意すら感じてしまう。  数分後、 「らくだは、ゆうべ、フグを持ってるところを見かけたから、おおかた、フグに当たってくたばっちまったんだ」 「へぇ~、あんな丈夫な方が。驚きましたなあ。それは残念なこって。それで、あなた様はらくださんのお知り合いでしょうか?」 「ああ、俺はなあ、ふだん兄弟とかなんとか言われている丁目の半次ってもんだ」 と半次と屑屋さんのやりとりを演じていて、須坂くんが止まる。 「須坂くん、続きは?」  稜子ちゃんが尋ねる。  須坂くんはハンドタオルで汗を拭きながら、 「あ、ごめん。ここまでしか覚えてない」  後日、父に確認したところ、「らくだ」はプロの噺家さんでもできる人が限られる大ネタなのだそうだ。  十分すごいよ、須坂くん。  しばし、須坂くんが休息をとっていると、3年生の副部長の松本弥一先輩と2年生の岡谷奈津美先輩が部室にやって来た。  別にこの2人が付き合っているわけではない。  松本弥一先輩は文芸部の副部長。  須坂くん以外の唯一の男子部員で、身長が部の中では一番高い。    いつも猫背でボサボサ頭なのだが、シャキッとすればそれなりにモテそうなのにと私は思う。別に私が惚れているわけではないけれど。  松本先輩はミステリー好きで、たくさん面白い作品を知っているので嬉しい。  国公立大学の医学部を目指してかなり勉強を頑張っているようで、目の下にクマができている。  地元の大学の医学部はとても難しいので、初めからここから遠く離れた地方の大学を志望校にしているそうだ。    かたや、岡谷奈津美先輩は茶髪で長さは私と同じセミロング。垢抜けた先輩である。  一見、派手な先輩かと思いきや、「私は推理小説研究会に入るために京都にある有名国立大学に行く」と決めていて、理学部志望だそうだ。  実際、理数系の成績は学年でもトップクラス、とのこと。  奇しくも、このお二人の先輩方はミステリー好き。  うちの高校にミステリー研究部はないので文芸部に在籍している。  その2人が、須坂くんの様子を見て、何か面白いことでもあったのか?と尋ねたので、須坂くんが落語をやった、と私がお答えした。 「すごかったです、本物の落語家さんみたいでした」 と稜子ちゃん。 「須坂くん、もう一回やってくれ」 とリクエストする松本先輩に、 「いや、この完成度じゃとても人に見せられません。恥ずかしいんで勘弁してください」 と固辞する須坂くん。 「でも、らくださんの死体が見つかった後、どうなったか続きが気になるんですが」 と追い討ちをかける稜子ちゃん。 「何?死体?殺人事件?謎解き?  須坂くん、私たちにもその話を聞かせてよ」  急にスイッチが入る岡谷先輩。  皆から請われて、須坂くんはやむなく 「じゃあ、あらすじだけ話します。  ネタバレしたくないし、落語を楽しんでもらいたいんで、ぼかして話しますから、後で観てください。  今度、DVDをお貸しますんで」 とあらすじ語りを請け負った。 「あるところに、馬という名前で『らくだ』というあだ名の横暴な男がいた。  家賃は払わない、暴力は振るう、良いとこ無しの嫌われ者。  兄弟分を名乗る、丁目の半次という如何にもなヤクザ者がその死体を発見。  昨夜、らくだがフグを持っているところを見かけた、と。  おそらく、フグにあたって死んだのだろう。  そこへ普段かららくだに散々な目に遭わされていた屑屋さんが通りがかった。  屑屋が半次に捕まり、長屋の住人や大家さんに祝儀を、漬物屋に棺桶を請求してまわる。ひどい脅し方をしたのでみんなが指示に従う。  お通夜のようなお葬いをしてると、半次に飲酒を強要された屑屋さんが実は酒乱で形勢逆転し、半次もたじたじに。  2人で棺桶を担いで火葬場まで運んで行くと、桶の底が抜けて死体がない。  2人は酔っ払っちゃっているから、道端で寝ているにわか坊主を棺桶に入れて火葬場に運び、危うく生きたまま焼いてしまうところだった。おしまい」 「という話なんですが、いかがでしょう?」 と須坂くんが言うと、2人の先輩は長考に入った。  沈黙が嫌だったので、まず私が口を開いた。 「本題と外れるけど、なんで「らくだ」ってあだ名なの?」  間髪入れずに、 「知るかよ」 と即答する須坂くん。 「そもそも『馬』という名前自体があだ名なんじゃないの?例えば顔が長いからとか。  他に名前があって、『馬』ってあだ名になって、さらに『らくだ』って裏で呼ばれる第2のあだ名ができたんじゃないかな?」 と私が言うと、 「それはありえるかもね。端折ったけど、らくだは人間のクズみたいな奴だから」 と須坂くん。  すると、松本先輩が口を開いた。 「『らくだ』っていつできた話?」 「調べてないですけれど、古典落語は大抵、江戸時代から昭和初期くらいにできた噺になります」 と、須坂くん。さすがネット作家はよくものをご存知。 「らくだって、もしかして脊椎カリエスで背骨が曲がってたんじゃないかな?   背骨に結核菌が入る病気のことね。そうするとらくだの背中のこぶみたいになるじゃないか。  その見た目から悪意を持って『らくだ』と名付けたんじゃないかな?」  流石は医学部志望者である。そんなことも知っているのね。  明らかにみんな考えすぎである。だが、それが楽しい。  すると、意外にも稜子ちゃんが口を開く。 「松本先輩の話にもあったのですが、らくださんは例えば結核みたいな何か重い病気を持っていたんじゃないでしょうか?それでやけになって乱れた生活をして、挙句に持病と不摂生で亡くなられたのでは?  それにしても、らくださんの御遺体の扱いが酷すぎます。漬物桶に入れて底が抜けて結果的に死体遺棄だなんて」  らくだに「さん」付けして同情までするとは、稜子ちゃん優しいね。  ちなみにこの子はお家が開業医で一人娘だからお父さんの後を継がないといけない。それで医学部志望。  きっと優しいお医者さんになるよ。 「じゃあ、次、俺いいですか?」 と須坂くんが手を挙げる。 「らくだの死因は他殺だと思います。  犯人は丁目の半次。  だって、らくだがフグを持っているのを目撃したのはコイツだけですから。  説明を端折ったけれど、現場にフグがあったかどうかも曖昧なんです。  しかも、死亡判定のために医者を呼びにやることもなく、死んでる、と言っているんです。  きっとコイツが首を絞めるとか首の骨を折るとか外見上の傷が残らないように殺したんですよ。  だから、お役所にも届け出ずに慌てて火葬しようとしたんです。  動機は、博打の借金か何かでもめたんでしょう」 と須坂くんは言い切る。  確かになあ、この噺の肝心な部分は丁目の半次の話で語られるだけだから、この人に嘘をつかれると誰も真実にたどり着けない。  余談であるが、ネット小説家サカスコータ(須坂くんのペンネーム)は新境地を開いたゾンビものの長編小説「Camel of the Dead」をWeb上で発表してたくさんの読者から絶賛を受ける。  続けて、“キャメル”と呼ばれた名もなきアウトローの壮絶な生き様とその死を描いた前日譚「House of Camel」をWeb上で発表してネット小説を普段読まない人たちにまで口コミで広がり、同人誌を出版するに至るのだが、それはもう少し後になってからである。  余談終わり。 「じゃあ、次は私が」 と私が手を挙げる。この人数だから手を挙げなくても別にいいのだが、人に話をかぶせたくないので。 「らくだは自殺だと思います。  彼は健康上の問題があったかもしれませんし、貧困には間違いなく苦しめられておりました。  まともな職にもつけず、家族も友達もいません。丁目の半次だってタチの悪い借金取りだったかもしれません。  人生に絶望した彼は、長屋の梁に荒縄を通して首を吊り、命を絶ちました。  ただ、らくだが死亡した後、荒縄がらくだの巨体を支えきれず切れてしまい、死体が落ちた拍子に下にあった家財道具が損壊して部屋中に散らばります。  もともとゴミ部屋だった彼の部屋に落ちていた荒縄なんて誰も気にしません。  そして、死後も彼は誰からも惜しまれることはありませんでした」 と自殺説を発表。 「やめろ、鬱展開じゃねえか!」 と須坂くん。  先輩2人は興味深げにうなずいた後、ほぼ同時に手を挙げたが、 「レディーファーストで」 「年功序列で」 と同時に譲り合い、結局、岡谷先輩が先に話すことになった。 「私は他殺だと思います。  犯人は屑屋さんです。  屑屋さんは、今まで散々らくだにいじめられてきました。  ただのいじめではありません。らくだによって屑屋さんが受けた経済的な損失は多大なるものです。  このままではいけない、いくら働いても奴に搾取される。  もう、殺るしかない!  そこで屑屋さんは行動に出ます。  商売柄、様々なお店に顔が効きます。  そこで、「前日に売れ残ったフグ」を小料理屋から安値で仕入れます。  腐っていたって構いません。らくだは味なんてわからない男ですから。  そうして、夕方まで待ってらくだの住んでいる長屋を通ります。  案の定、らくだに呼び止められます。  普段は持っていない木桶を所持して入れば、らくだから問いただされます。  『しめた』と心の中でほくそ笑みながら『あ~、これは、今日帰ったら家族で食べようと思っているんです』『なんだ?この魚』『フグです』『フグだと?よこせ』『ダメです』『お前のものは俺のものだ!よこせ』『ついでにお前が調理しろ!』てな具合で素人料理のテトロドトキシン鍋が完成。  自分は一口も食べず、むしろ、当然のごとく食べさせてもらえないことを計算していたのでしょう、無事にらくだの家から脱出し帰宅。  翌朝、らくだの家を訪ねてみたら、丁目の半次の出現という誤算はありましたが、らくだの死亡を確認し、ミッション・コンプリート!  以上、証明終了 Q.E.D.」  出たー!「Q.E.D.」。  すごいなあ。あのあらすじだけでここまで考えるとは。  水平思考パズル「ウミガメのスープ」みたいだ。 「松本先輩、先に言っちゃってすみません」 と顔の前で手を合わせて詫びる岡谷先輩。  自説を発表するのが後になればなるほど、選択肢もなくなるし、ハードルも高くなるから詫びたんですね。  松本先輩はメガネに手をやると、 「いや、岡谷さんがそっちのでよかった。  僕の考えは違うんだ」 とこともなげに言う。 「らくだって人は、近所中の嫌われ者だったんでしょ?  確かに屑屋さんも被害が甚大だったと思うけれど、早い話がらくだの家の周りに行かなきゃいいわけだ。  当然、行商人なので縄張りとかあると思うけれど、よその土地でゼロからやり直すと言う手もある。    それと比べると、長屋のご近所さんは確実に日常生活の中でらくだの暴力を受けるし、恐喝を受けたりもするし、家族の安全にも常に不安が残る。  それでも彼らとて引っ越せばいいのかな?  その時代の住宅事情や労働環境が良くわからないけれど、おそらくは貧しい人が住んでいる長屋だろうから、そんなに簡単に引っ越すわけには行かなかったんじゃないだろうか?  でも、らくだのことを最も疎ましく思っているのは、何と言っても大家さんだよ。  多分、家賃を滞納している、、え?一度も払ってもらってない、暴力も受けた、と。  動機は十分だ。  らくだに話をしたところで立ち退かない。  近所迷惑甚だしい。  家族もいない天涯孤独のやくざ者。  もう消すしかないよね。  もう一点。  らくだのような人間を殺すとしたら、殺し屋を雇うか、毒殺するか、だよね。  らくだの死体に外傷はない。  丁目の半次の目撃談を信じるのならば、らくだの元にフグはあった。    じゃあ、フグはどう手に入れたか?  当時のフグがどれくらいの高級魚だったかはわからないけれど、その長屋の住人が買えるような魚でないのは確かだ。  すると、この噺の登場人物の中で唯一フグを買えた人物の名前が浮かび上がってくる。  大家さんだ。  大家さんが長屋の住人に贈り物をするのは、例えば結婚とか出産とか言った祝いや、お弔いの時くらいのものだ。えっ、その大家さんはケチなのか?  作中には現れていないけれど、例えば長屋にお祝い事があったとする、そのお祝いに珍しく『ケチな大家』がお祝いをする。  その時に、『これはらくだにおすそ分けだと渡してくれ』と頼んだらどうだろう。  らくだのことだ、誰かを捕まえて素人料理をさせて、フグ毒で死ぬだろうね。  これが、僕の一つ目の推理、つまり、大家さん犯人説」  一同が 「おおー!」  まだ犯人候補がいたのね。驚いた。  でも、まだ続きがあるの? 「二つ目の推理。  こっちが本命だけど。  途中までは、一つ目と同じ。  大家さんが立案した計画を長屋の住人全員で実行したらどうだろう?  何もお祝いがなくても、長屋の方で『でっち上げの祝い』をする。  大家さんはフグを長屋の月番に渡し、月番から『お祝いのおすそ分けです』とらくだにフグを渡す。  魚の名前くらいは伝えただろうけれど、らくだだけでなく誰も調理したことがない。  調理前に丁目の半次が訪ねてきたので目撃者として使える。  おそらく、月番が呼びつけられてフグの料理をする。  素人料理だから鍋かな?内臓も皮も肉も全部入れて煮込んでお終い。  多分、立ち退き命令や滞納した家賃と引き換えに箝口令が敷かれているから話は漏れない  翌朝、死体が発見されて犯行完了。  となるはずが、丁目の半次のせいで大家さんも長屋の住人もものすごく驚かされることになるけれど、そりゃ驚くよね。  ってことで、大家さん&長屋の住人全員による共犯説」  再び 「おおー」  やっぱり出たか、あの豪華な●●●●の殺人事件のトリック。  こうなると、全員が怪しいね。 「でも結局、そこの謎は永遠に解かれないのが、落語なんだよね」 と須坂くん。    てな感じで思わぬ推理対決をしていたら、 「遅くなりました」 と中野律先輩と飯山朱音先輩が部室に入ってきた。  飯山先輩は3年生で部長。  純文学をこよなく愛する文学少女だ。  東京の私大の文学部を志望している。  中野先輩は2年生で、次に部長になることが決まっている。  この先輩は変り種で、ジャーナリスト志望。  新聞部じゃなくて文芸部にいるのが不思議だけど、去年の部誌(文集)に書いた論説が鋭くて興味深かったので、私は密かに憧れていたりする。  今日は高校全体の部長会議があり、各部が次期部長も連れて参加していたので、合流が遅れたのだ。   「だいぶ待たせたけど、ごめんね」 と謝る飯山先輩。 「いいや、僕らは『らくだ殺人事件』の謎解きをしていたから楽しかったよ」 と笑顔で答える松本先輩。   「何ですか、それ?教えてください」 と松本先輩に迫る中野先輩。 「それは、ファミレスに行ってからにしましょう」 という部長の言葉で荷物をまとめて皆で出発する。  学年ごとに校舎の出口が異なるので、校門で集合し駅前のファミリーレストランに向かう。  歩きながら、私は考える。  落語ってどれだけでも深読みができるんだなあ、と。  省略されている部分が多くて、鑑賞する者の想像力に多くを委ねているからだろうか?  私の後ろをのんびり歩いている松本先輩、岡谷先輩、須坂くんの会話が聞こえる。  松本先輩は感嘆する。 「それにしても落語は奥が深いな。ひとつの噺で5つ、いや6つも推理ができた」    岡谷先輩は自負する。 「ミステリーファンにとってそれくらいのことは朝飯前ですよ」  須坂くんはサゲる。 「朝飯前?  冗談言っちゃいけません。  らくだがいるのはデザート(砂漠)です」 (続く)
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