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【夏は夜:02】神託、真心の愛、そして、別離
前期の中間試験の終わった日に部室で開催された、古典落語の演目「らくだ」をめぐる推理合戦から1週間が経った。
今日は、水曜日ではないので出席が必須の日ではない。
しかし、放課後1時間以上が経とうとするのに、部室には私、井沢景と同じく1年生の筑間稜子さんしかいない。
3年生の先輩方は所用があって今日は来られない、とおっしゃっていた。
受験生は何かとお忙しいのであろう。
2年生の先輩も今日は帰りのホームルームで文化祭についての話し合いがあるから遅れる、とのことだった。
部室の合鍵は持っているし、人数が揃わないと何かできない部活でもないので、1年生だけでもよほどのことが起きない限り困らない。
うちの活動内容ならば、事故や怪我人の心配もいらない。
ちなみに、もう1人の1年生の須坂公太くんは、今日も追試を受けている。
須坂くんは、数学2科目と理科2科目で赤点をとった。
学年全体では赤点をとった人はクラスに数人いるかいないからしいのだが、4科目も赤点をとった生徒は須坂くんだけだったそうだ。当たり前だけど。
さりとて、須坂くんの成績が学年で最下位か?というとそんなことはなくて、国語・社会の成績がかなりよく、英語は平均レベル、それで総合点では学年の真ん中あたりにいるらしい。
要するに現段階では「興味のない数学と理科をいかに勉強せずに済ませるか」を絶賛模索中なのだ。
追試もギリギリの点数での通過を目指す、と部室で公言して中野先輩に叱られていた。
いかにも彼らしい生き様である。
須坂くんはネット小説家として活動しているから、運動が苦手なのだろうとずっと思っていたのだけれど、5月の球技大会の決勝戦を見て驚いた。
対戦相手の1年F組のリベロとして、何度も大町くんや上田くんのスパイクを綺麗にレシーブしていたからだ。
そのふたりよりは明らかに初心者っぽい川上くんのスパイクは取りにくそうにしていたので、後で聞くと「左利きのスパイクには慣れてないんだ」とのこと。
よくわからないけど、ともかく須坂くんが運動も得意なのはわかった。
須坂くんが自分から語ったところによると、中学の途中まではバレー部に入っていたのだけれど、自分の身長では限界がある、と見切りをつけてバレー部をやめ、読書をしたり小説を書いたりということに時間を費やすようになったそうだ。
いかにも彼らしい。
さて、私は部室でポメラDM100を前に先ほどからずっと固まっていた。
このポメラは須坂くんから借りたものではない。
家にあるMacBook Proは毎日持って通学するには重いし、壊れる原因にもなる。
もう1台学校用のパソコンを買うという経済的余裕もない。
その上、スマホで長い文章を書くのは苦手だ。
そこで、須坂くんのように携帯端末を持ち運び、家のMacにまとめようかと思い立った。
須坂くんのポメラを少し使わせてもらって使い心地を試してみて好感触だったので、入学祝いやお年玉を貯めたお金で、型落ちのDM100を購入したのである。
細かい使用法とかMacへのデータ移行に関しては同じくMacユーザーの須坂くんが教えてくれた。
そんな自分専用の端末を手に入れた私にとっての目下の課題は季刊誌「暁天」に載せる原稿である。
指定枚数を割り振られて、文学ジャンルや作品数は指定がないからオリジナル作品を書くようにとの命を受け、ここ数日は何を書いたらいいか?と無い知恵を絞っている。
かたや、隣の席の稜子ちゃんは、クリスタルホワイトのLAVIE Noteで快調に筆を進めている。(変な表現だ)
白いノートパソコンは彼女にとても似合う。
何を書いているのか尋ねたところ、女性一人称語りの純文学系青春小説だとのことだ。
稜子ちゃんは、ノイズキャンセリング機能付きヘッドホンでハイレゾ音源のクラシックを聴きながら彼女にとって最適な環境を作っている。
クラシックとかハイレゾとかオーディオ機器は彼女のお父さんの趣味で、ヘッドホン以外はそのご相伴に預かっているとのこと。
小一時間ほど固まっていても全く進捗がないので、気分転換のためにすぐ隣の図書館に向かった。
机は3年生と思しき生徒でびっしり埋まっている。
本棚に何があるかは大体把握しているので、今日は趣向を変えて「我が校の歴史」コーナーに行ってみた。
そのコーナーには、我が校の卒業生でのちに有名になった先輩の在学中の写真が飾ってあったり、各年度の卒業アルバムが置いてあったり、毎年の文化祭のパンフレットが保存されてあったりした。
昨年の部誌「文芸・東雲」に掲載されていた「輝く夕日を眺める日」を書いた方はどんな方なのだろう?と昨年度の卒業アルバムを取り出し、文芸部の集合写真を見た。
うちの高校は卒業生と顧問の先生だけで写真を撮ることになっているみたいで、そこには今年も顧問をしている中川先生とふたりの女子生徒が写っていた。
おふたりとも見覚えがない。
私が昨年の文化祭でお話した方ではなかった。
やはりあの方は別の部の先輩なのかもしれない。何処かで会えるといいな。
文芸部の写真には部員の名前の記載はないが、このふたりを全校生徒の個人写真の中から探し出すのは大変だ。
今、すでに卒業して部内にいない人ならばそこまでする必要性もない。
と、さっさと諦めて他の方法を考える。
調べなくてもいいことに必死に拘って、そのくせ、可能な限りめんどくさく無い方法で調べようとしている。
この矛盾から考えて、今私がやっていることは「実利のない完全なる現実逃避」以外の何物でもない。
そこで私は気づく。
宝の山は部室にある共用のパソコンだ。
HDDには今在籍している部員のアーカイブが残っている。
もしかしたらちょっと前に卒業した先輩のアーカイブもどこかにあるかもしれない。
私は、卒業アルバムを元の位置に戻し、図書館を出て文芸部部室へ戻る。
幸い、稜子ちゃんはまだ自分のパソコンで執筆中。
一言断って、共用パソコンを立ち上げる。
だいぶWindows PCにも慣れてきた。
以前チェックしたアーカイブをまず調べる。
現在、部に在籍されている先輩方のペンネームは教えてもらったので、その4人分しかフォルダがないことを確認。
念のため、それらのフォルダにOGの先輩の作品が紛れ込んでいないかを調べて回る。案の定、そんなものはない。
書類フォルダ以外の場所も間違えて大事なデータを消してしまわないようにビクビクしながらチェックしたけれど、やはりそんなものはない。
ふう、こういう警察小説の捜査みたいなのが私は苦手だ。
私は颯爽と登場して頭脳ひとつで鮮やかに事件を解決する名探偵の出てくる話が好きなのだ。
もう諦めて現実と向き合うか?
そう思いかけた瞬間閃いた。
「文芸部のホームページにもアーカイブがある」
そう教えてくれたじゃない、松本先輩が。
ブラウザを立ち上げて、ホームページ(初期画面)になっている文芸部のサイトを見る。
「アーカイブ」をクリック、、、あった!
さっきの卒業アルバムに載っていた昨年の3年生は、道定重樹さんとRT企画さん。
道定重樹さんは男性みたいなペンネームだけど、さっきのおふたりのうちどちらか何だろうな。「しげき」だと女性名でもいいのかな?敢えての男性名?
RT企画さんはどこかの会社みたいだけどペンネームみたい。
早速、アーカイブを読む。
道定さんは、作風が時代浪漫。孤高の剣士とか出てくる。渋すぎるよ!
RT企画さんの作品は、どれも完全にSFだ。
ふたりの作風は、どう考えても、純文学だった戯曲「輝く夕焼けを眺める日」とは異なる。
それに、申し訳ないけれど、道定さんとRT企画さんの作品は「輝く夕焼けを眺める日」と比べると数段レベルが落ちる。
ふと疑問が湧く。
「文芸・東雲」に寄稿しているのは、果たして文芸部員だけなのだろうか?
例えば、校内に文才のある人がいたら、部誌の内容の充実のために寄稿を求めたりしないのだろうか?
それが、「作者が部外者説」。
もう1つは、「合作説」。
小説や戯曲は必ずしも1人で書かないといけないものではない。
エラリー・クイーンだって岡嶋二人だって合作者だ。
飯山先輩も松本先輩も、この件を持ち出そうとすると嫌そうな顔をする。
もしかしたら、先輩たちふたり、ないしはどちらかと部外の人間の合作なのかもしれない。
作品発表後に人間関係で揉めて、疎遠になってしまったのかもしれない。
この「戯曲の原作者探し」に興味はあるけれど、一方で、人には触れて欲しくないことがある、ということを私だってわかっている。
だから正面切ってはもう質問していない。
でも、やはり気になるから私は調べる。
ダメもとで、検索エンジンに「輝く夕焼けを眺める日」と入れてみる。
もちろん、ヒットしない。
広大なネットの海にも緒は沈んでいない。
いつもは穏やかな飯山先輩が「輝く夕焼けを眺める日」というタイトルを口にした時にはとても冷ややかな表情になった。
それにも増して、あのタンポポのマグカップに触ろうとした瞬間は、正直、怖かった。
そういえば、その後、部室で見かけなくなったけど、あのタンポポのマグカップは一体だったのだろう。
あんな可愛いデザインじゃあ、とても来客用じゃなさそうだ。
飯山先輩はあのマグカップは取っ手が壊れているって言っていたから、誰かが怪我をする前に捨てちゃったのかな?
もう考えるのはやめて、現実に戻らないと。
でも、最後に、ひとつだけ。
タンポポについてネット辞書サイトで軽く眺める。
ふむふむ。キク科だったのね。
調べついでに花言葉くらい知っておきたいので、検索エンジンで「タンポポ 花言葉」と検索する。
そこで見つかったサイトによると、
タンポポの花言葉:「愛の神託」「神託」「真心の愛」「別離」
なんか、重いわ。
(続く)
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